Five day
「眠いです、月君」
退屈ですとあくびをして、椅子に座ったまま竜崎はとろんとした半眼をこちらにむけた。
「寝れば?」
このごろの竜崎のやる気のなさは、目に余るものがある。
付き合いきれないとばかりに素っ気なく返すと、そんな態度に怒ったらしく、竜崎は、足を伸ばして僕の椅子の肘掛けをトンっと軽く蹴り上げた。
「おいっ」
「眠いんですよ、月くん」
無作法もここまでくれば立派だ。
「眠い」
「だからどうしろって?」
苛々しながら竜崎を睨みつける。目玉焼きの黄身の部分だけが真っ黒に焦げたような丸い目が、今日は半月のようになって僕にむけられている。
「どうやったら、眠くなくなるんでしょう?」
「ベッドに入って目を閉じればいいんだよ。仮眠をとればすっきりするさ。簡単だろ」
言えば、
「なるほど」
と、竜崎が納得顔で頷いた。
直後に突然、僕の椅子に足をかけてくる。二つの肘掛をそれぞれの手で掴む。僕は眉間にしわを寄せた。
「お、…い?」
なにをするつもりだと詰問するよりも早く、ぐっと腰を落として腕に力を込め、弾みをつけて僕に体躯をぶつけるようにして、僕の椅子に乗り移ってくる。
「よいしょ」
そのままクルリと背中を向け、細い体は僕の腕のなかにすっぽりと収まり、もたれかかる。ぬくもりが腕のなかに入ってきて、心臓が飛び跳ねる。
竜崎はやたらと華奢な身体をしているけれど、男のものだ、それなりに重い。それなりに固い。だというのに、この傍若無人な生き物はいったい何のつもりだ?
「……何のつもり?」
僕はうんざりとして椅子の背にもたれかかった。
「気にしないで下さい私のことは」
竜崎はそっけない調子で告げる。
「いや普通、気にする」
「いえいえ気にしないで下さい」
ほぼ同じくらいの体躯だ。黒髪を僕の頬に押し付けるように、コトリと首を斜めにすれば、殆ど前も見えない。腕のなかに収まった、温かい体から、甘ったるい菓子のいいにおい。つややかな黒髪からは仄かにシャンプーのにおい。
「お邪魔はしませんから」
どういった根拠でそう告げるのだろう? 十分過ぎるほどに邪魔だと思う。竜崎は僕の動揺を見透かしたように、半眼をこちらにむけて、にんまりと笑った。
「おやすみなさい、月くん」
目を閉じる。
もはや僕はパソコンのモニタ画面を見る気にもなれない。
「……竜崎?」
返答などない。だから僕は、はあ……とため息をついて、考える。
竜崎は何を甘えているのだろう。
そして僕は何を恐れているのだろう。
こんな些細な、じゃれつくような甘えにも、僕はどうして全身の毛を逆立てるように緊張してしまうのだろう。心臓が不自然になり続けているのはなぜだろう。
なにも問題はないはずだ。
若い青年がふたり、ふざけてくっついている。それを眺めて捜査員たちはあきれたようにわらっている。子猫が互いの温もりを求めて体を寄せ合い眠るような他愛ない微笑ましさ。
それだけのことだろう?
僕は、竜崎の身体に腕を回した。
ほんの三十分だけ、こいつのベッドになる。
そうすれば満足だろう。
クーラーの効いたひんやりとした部屋のなか、抱きしめた体躯はほかほかと暖かい。竜崎が生きていること、そのぬくもりに、僕の胸の中まで温かい。
ふああ、とほどなく僕も眠気に襲われた。
瞼が重たくなってくる。
眠くなったら仮眠を取れと竜崎にすすめたのは僕の方で、希少なあたたかい黒い毛布をかけられて睡魔に抗うことは不可能、無意味であるように思われる。そして僕は、無意味なことは大変苦手で嫌いなので、潔く目を閉じた。
「おやすみ、竜崎」
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