注意:殺人描写有
廃墟
ぱん、
──と、
風船が破裂するような乾いた音が響いた。
強い音が廃墟の空気を揺らした。
床に赤黒い破片が飛散した。
ぴしゃりとかすかに何かが手の甲に触れた気がして、月は自分の右手の甲を見た。
血が付いていた。
弾丸が女性の脳髄を貫通したのだ。
それはじわじわと月の肌に滲み込むようにゆっくりと消えた。
破裂したスイカのような肉片と血をまき散らした女性の身体は、一瞬硬直して直後くの字に折れた。
拳銃が手から落ちる。
驚愕して目を見開いた。
「……え、」
月が呟く。
声は無意識にこぼれおちてしまった。
え、と呟いて瞬きをした。
何が起きたのか分からなかった。一部始終を見ていたのに、何が起きたのか分からないというのはおかしなことだと言われるかもしれないが、それは本当にわからない、月の理解の範囲をこえた出来事だった。金色の髪を波打たせ、フロアに倒れ伏した女性はそのまま微動だにしない。じわじわと広がっていく血溜まりの中に突っ伏すように倒れている。髪がどす黒く変色していく。
月は放心して女性を見つめていた。
事件。
これが。
しかし、これは──いったい何だ。
あっけない死。
現実味のない死。
マリオネットの糸が切れたように、ぐにゃりと横たわっている生身の女。
目の前の女性は本当に──本当に死んだのか?
ふいに月は耳の痛みを覚えた。耳を押さえる。耳の調子がおかしい。
わんわんと間近で銅鑼を叩き続けられているようなひどい耳鳴りがする。ずき、ずき、と、頭痛が、耳鳴りの後を追って襲ってきた。
焦燥が喉元へと押し寄せて息が詰まり、鼓動が、猛スピードで鳴りはじめる。心臓が苦しく、月は肩で息をしながらLを凝視した。
Lは何もかも掌握しているはずだ。逆巻く疑問を──真実を問いただそうと口を動かした。
しかし声が出ない。
「これが、第一の事件です」
指を舐りながらLは平坦な声で告げた。
「彼女は、私が幼いころに住んでいた屋敷で働いていました。
偏屈な私を何かと気にかけ、かまってくれて、キャンディをよく与えてくれました。穏やかで品のある方でした」
「……」
「自殺してしまいました。私が七歳の頃です」
──七、歳?
聴覚が違和感を覚える。月の理解を待たず、Lは先をつづけた。
「彼女はある組織の工作員でした。“私たち”を殺すために派兵された。
しかし彼女は仕事を全うすることができなかった。
殺すことができなかったから彼女は自殺した。私は彼女の死の一部始終をただ見ていました」
「……いま、おまえ……七歳?」
「かくれんぼの最中だったんです。私ひとりだけの」
「……」
「月くんも子供のころやりませんでしたか。鬼なんかいないのにこっそりと隠れて誰かを待つんです。探してくれる人を想定して、
その人に見つからないように智慧を絞る。そんな遊びを」
「……」
「結局、誰も見つけてはくれない。そんなとき自分自身が鬼になるしかないんですよね」
「……おまえは」
言い掛けて口籠る。
どういう質問をすればいいのだろう。混乱が収まらない。
ひとりきりのかくれんぼ。その最中に自分が作りだした誰も見つけてくれない世界で、幼い魂が、
自業自得の圧倒的な孤独に襲われるときのように、世界中にたったひとりきり残されてしまったと錯覚するような空間で、おまえはいったい、何を見つづけてきたのだろう。
肩で呼吸をする、月を一瞬、憂えるような目つきでLは見た。それはすでに経験したことのある記憶の苦味を、まだ味わったことのない若者が知ろうとしていることに対して憂慮するような、どこか年老いた目つきだった。
月は、その目の意味を考えた。聡明な月の脳が、答えを導き出す時間はさして必要なかった。だから月は、沈黙した。これから自分は知るのだろうと思ったのだ。
Lはさきほど、これが第一の事件です、と言った。
事件は起きた。
がこれで終わりではない。
「あ、── 次です」
Lがぽつりとつぶやく。
月は反射的に背後を振り返った。
視線を向けた先、枯れた木立が遠くに見える扉のまえに、地味な色合いのジャンパーを着た神経質そうな目付きの男がひとり立っていた。
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