欲しいのは──

満月マンゲツ膨張ボウチョウF(2日目)

お互いにむかいあった体勢で抱き合いながら、ゆっくりと腰を動かした。 竜崎は、苦痛と快感の入りまじったような複雑な表情をして、ぎゅっと目を瞑っていた。
── きもちいい。
竜崎がそう小さく呻いたのは、二回目のセックスの途中だった。
気付いたのは後になってから、つまり今更だったのだけれど、たぶん竜崎も緊張していたのだ。 本当はやっぱり緊張して体中をがちがちに強ばらせていた。だからお互いに随分と苦労してしまったし、痛い思いもしてしまった。
けれど僕が我慢できずに射精してしまうという情けない姿を見せたおかげで気が抜けて、すっかりと脱力したようだった。 僕としても一度、溜まっていたものを吐き出したお陰でいくぶん余裕をもって動くことができたし、 なによりも竜崎の身体がリラックスしたことが一番よかった。僕を受け入れているところの緊張が取れ、柔らかくなった。
お互いに好都合だった。
僕の弱気を容赦しない竜崎に強制されるまま、抜かないままで二回目をしていた途中、半開きになった竜崎のくちびるから、濡れた吐息がこぼれた。
月、く…、きもち、いい。
感じているのは嘘でなくて、いいところを擦るたびに、僕の背中にまわった指が痛いくらいの力で爪を立ててきた。 奥に当たるたびに身体がビクビクと跳ねた。僕をぎゅーっと締め付けた。
それは単純に僕を喜ばせた。
感じてくれているということが嬉しかった。
腕のなかにすっぽりと包み込んで、すこし強めに腰を穿ったけれど、もう竜崎は痛みを感じない。 甘い快感に身悶えながら堪えきれない悲鳴をあげていた。
きもちいい?
そう訊ねると、うんと子供のように肯いた。
甘えるような声で、もっとして欲しいとねだった。
そして僕は二度目の射精をして、ようやく体を離した。
仰向けになっている竜崎の横に寝転んで、間近で、興奮に蒸気したピンク色の頬を見つめる。
はあはあと乱れた息を吐き出しながら、乾いた唇を舐めて湿らせるしぐさが色っぽくて、僕は、竜崎がぎゅっと目を閉じているのをいいことに、 気付かれない隙をついてその横顔をしげしげと見つめていた。
黒い瞳を隠した瞼の端になみだが滲んでいて、可愛かった。
「竜崎」
息が整ってきた頃。
名を呼んだ。
「…はい」
一拍遅れて返答がかえる。
深呼吸をひとつして、竜崎の呼吸はすっかりと平静を取り戻した。
「さっき…言ってたことなんだけど」
「…え?」
「なんだったの?」
黒くて大きな瞳が僕をみつめる。
白目などほとんどない、暗闇のなかの猫のような。
「なんでしたっけ?」
「覚えてない?」
「夢中になっていましたから」
「……」
「照れないで下さい」
「いや、そうじゃなくてね。だから」
── 欲しいのは。
気懸かりなのはそのセリフだった。僕が射精してしまわなければ、その先に続く言葉はきちんと吐き出されただろうか。欲しいのはなんだったんだろうか。
僕は、その答えをわかっていないようで薄っすらと気付いているような気もしていた。
だから欲しかったのは正解。
それはこの男── じゃなくて、この女の口から告げられてこそ、意味のあることだったから。
「月君」
しかし続けて訊ねようとしたことは、つい、と竜崎が片腕を上げて僕の鼻先をつついたことで停止した。
こぶたの鼻をプッシュするようなあどけないしぐさは、あまり経験したことのないことだったので、 僕はその先の言葉を見失った。
目を逸らさずに、距離を保ったまま見つめてくる。しばらくの間、竜崎を見つめ、僕は唇を噛み締めた。
「…いや、なんでもないよ」
「はい」
「気にしないで」
「はい」
竜崎はごろりと体を横にして、僕に背を向けた。


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