笑えない話だ。
まったく僕自身、笑えないくらい真面目な話なんだ。


満月マンゲツ膨張ボウチョウD(2日目)

竜崎は、女になったとしても服を脱ぐことに羞恥を感じないらしい。
さっさと服を脱ぎ、下腹部を曝したまま、僕にも服を脱ぐよう促す。 僕は渋々といった調子で上着を脱いだが、この段になってもまだ躊躇いがあってズボンを穿いたままだった。 先にベッドにあおむけに横たわった竜崎のうえに、ためらいがちに四つん這いで覆いかぶさる。
散々と拒むような態度をしながら結局、拒みきれなくて、いつもこうなる。
竜崎の筋書き通りに進んでしまう。
両手をついて覗き込んだ竜崎は、あいかわらずの無表情だ。
顔つきだけを見るならば、これから始めようとしていることがまるでなにかの冗談のようにも思える。 そうしていつも嘘みたいに物事は進んでいく。僕としても何かの冗談につき合わされている気分になる。
腰の下に枕を当てて尾を庇っている。
竜崎が、僕の顔に、黒い瞳の焦点を当てた。
焦点を当てているくせに、本当に僕を見つめているのか、 それとも額の中央にあいた穴を通して、僕の思考を探っているのか判ぜられない。 見慣れたはずの無表情に、落ち着かない気分にさせられるのは、このおかしな状況に僕が若干尻込みしているせいもあるからだろう。
ベッドの真上に付けられた埋め込型照明を浴び、竜崎の顔に影を落とす。
右手をそっと頬に当てる。
そのまま下にずらして顎の先に触れ、上を向かせながら、顔を近づけてそっとキスする。
乾いたくちびるに触れるだけ、軽いキスだけですぐ離す。
顔を離してみれば、竜崎は不思議そうな表情をして僕を見ていた。
はぐらかすように微笑んで、太腿のうえにゆっくりと腰を下ろした。
シーツに皺を刻みながら横たわっている竜崎の全身を上から下までながめた。
わずかな動揺もなく繰り返される呼吸に従い、ほとんど男性と変わらないほど平たくなった乳房が上下する。 痩せた体躯に、かぞえることができそうなほどのくっきりと陰影をつくる肋骨は、へそを底辺とした三角形を描く。 そのしたのチーズの切れ端のような白い逆三角形に、黒々とした下生え。しかし見慣れた男性器は存在しない。
黒々とした瞳と、同じ色のそれを指先で梳いた。竜崎のここに、なにもない、というのが不思議だった。 抵抗もなく、竜崎はされるがままにじっとしている。僕を凝視する。
僕は、すっぽりと包み込むように、丸い丘のようなそこに手のひらを乗せて押してみた。
「月君?」
怪訝そうな声音になんでもないと首を振って返し、柔らかくて白い腹部をさするように手のひらで撫で上げた。伸び上がる肢体の 感触を味わい、小さな乳房に下から手を添えて押しあげるように揉む。
かすかな声が漏れた。シーツのうえで頭部を揺らした竜崎が、眉を寄せた。
「んっ……っ……ん」
乳房の肉をかき集めるように愛撫をつづけると、徐々に息が乱れはじめる。 乳房の中心の、変色した部分が明白な刺激をもとめて尖りはじめる。僕は、もう片方の手で、乳首を優しく摘み上げた。
「あっ」
くちびるから短い声が零れた。
恥じるように肩を竦めて、口を閉ざす。
僕の手の動きに合わせてじれったそうに身動ぎする。そのしぐさはシンプルで淫猥だ。
竜崎は、たぶん性的な行為を、どうでもいいことだと考えている。相手が男であれ女であれ子を為すことを目的としないなら、 生産性のない、排泄や睡眠よりも遥かに劣る、瑣末な行為だと考えている。
けれどいざとなれば飽きれるくらい性愛や享楽に従順なたちなんだろう。 セックスの反応を見ているとそう感じる。捻じ曲がった性格とは比べ物にならないほど、いっそ反比例していると思うほど、 いつだって素直だ。激しくすればその分だけ激しい反応を返す。
僕は、すっかりと立ち上がった乳首にくちびるを寄せて吸いあげた。 短く息を吸うような声があがった。
「あっ、…やっ」
ひくひくと腰を蠢かしながら切なげな声を上げる。
ズボンのなかで僕の陰茎が熱く昂ぶる。竜崎の声は、僕の耳に快楽をもたらす。
先端をなんども吸い上げると、細い指先が僕のあたまをじぶんの胸元に押し付けるように動いた。もっと強く。 そんなふうに声のない声で求められる。
けれど僕はそれ以上のことができなかった。傷みやすい白桃をあつかうような愛撫を加えながら、 じりじりと募ってくる凶暴な情欲と躊躇のあいだに挟まれて、困惑していた。 味わったことのない感触だ。 これまでの竜崎の身体のどこをさがしてもこんなものはなかった。口に含んだ脂肪は、想像以上に柔らかかった。 手ひどく扱ったら破れてしまうんではないかとすら思った。竜崎が、男性のままであれば、きっと抱くはずのない想いだ。
「月君」
ゆっくりと舌で扱っていると、竜崎が弾んだ吐息のなかで僕を呼んだ。
「…ん?」
「らしくないですね」
心臓が跳ねた。
「……え」
ストレートな指摘はまったく予兆がなかった。
顔をあげてみれば、親指の爪を噛み、不愉快そうな目で竜崎が僕を見ていた。
「これが、月君の女性に対する、態度なんですか?」
「…何?」
口元に微笑を浮かべてみせる。
「気に入らないか。物足りない?」
揶揄すれば、竜崎は大真面目に即答した。
「優しすぎます」
僕をなんだと思っている。
「僕はもともと優しい男なんだよ?」
辛うじて苛立ちを微笑と冗談のなかに隠したが、竜崎には通用しなかった。
「月君は自分が思っている以上に、残酷です」
と、口元を皮肉な笑みに歪ませる。
「特に、わたしに対しては」
脆い感情を抉るような鋭さで言ってのけ、僕の胸に痛みを残す。
いつだって容赦ない角度で切りつけてくる。
「…ああ、そう」
疲れた溜め息を返した。
分析に長けた黒い瞳が大きくなる。
「………」
真意を伺う顔つき。
それを見て、僕は思う。
判っていないのはやっぱり竜崎の方だと。
竜崎。
── 僕がおまえに対して残酷だって?
それはある意味、自業自得のことだろう。
キラと疑いをむけてくる相手に対して、 いくらなんでも、この僕も、純粋な親切と敬意を払うことは出来ないという、その部分に関する僕の態度のことだろう。 混同されては困る。それは関係ないことだ。
いま僕がいつもよりもずっとおかしくなっていることは、
つまりおまえがだということだ。
竜崎の女性経験なんて知らないし、これまでにどんな恋愛をしてきたかも知ったことではない。
それでもかつて男だったなら。
そして女性を愛したことがある男なら。
一度は経験することがある。
女性の、陰茎のない下腹部の、あの柔らかい内側に僕の固さを押し込むこと。
それに僕は恐れを感じている。
竜崎、おまえは感じなかったのか。
セックスのとき、それも初めて好きになった女性との初めてのセックスのとき、 大切すぎる、大事すぎる女性の初めてのとき。
おまえは尻込みしなかったか?
興奮にどうしようもなくなりながら、心のどこかで怯えたりしなかったか。
壊してしまいたいくらいの凶暴さと愛しさと恐怖を同時に感じたりはしなかったか?
僕が感じているのはそういうことだ。
笑えない話だ。
まったく僕自身、笑えないくらい真面目な話なんだ。
「…竜崎」
おまえが女である前に男であったときのことは、今はおまえが男である以前に女であるために理解しがたいことなのだろうか。 それともおまえは、どこか人として壊れてしまったように殺人事件ばかり追うおまえは、男としてのありきたりの感情など持ち合わせもしないだろうか。 そんなことはないだろう。おまえだって普通の人だよ。こんなときはきっと。
言ってやりたいことは山ほどあった。しかし色々と考えているうちに途中で出口はなくなった。
語ることは認めるだった。そして男性としての恐怖の根源を自白したら完全敗北だった。せめてもの矜持として僕は告白を止めた。
だって認めてしまうことは、とても悔しい。
「………」
なおも訝しげな表情で僕をみつめてくる竜崎を無視し、無言でベッドの脇のテーブルに置かれたアンティーク調の小物入れを取り寄せて、蓋を開けた。 中から半透明のプラスチックボトルを取り出してキャップを弛める。
「足開いて膝を立てなよ」
一度ベッドの外に立ち、ズボンと下着を脱いで、竜崎がみずから大きく開かせた白い太腿のあいだに胡坐をかいた。 水溶性の粘液を手のひらにこぼして指先をしめらせたあと、 最後にもう一度確認するように、膝の間からこちらを見下ろしている竜崎をにらんだ。
「後悔するなよ」
「するわけ、ないじゃないですか」
いまさらでしょうと呆れられた。
もういいよ。わからないならそのままでいいよ。 いっそ呆れているのはこっちの方だよと思いながら、半ば諦め、半ば腹をくくった。手が震えた。
そうして男心のわからない初心な身体に、僕は、ゆっくりと人差し指を押し込んだ。


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