まるで永遠にも思える六十秒を待つ。
満月に膨張K(8日目)
「力、入れないで」
「…は…い」
わずかに眉を寄せたまま、深呼吸と一緒に肯いた竜崎の足をもう一度しっかりと抱えなおす。
白い腕は、僕の首に回されている。
見つめあえる体位で抱き合う。
さきほどまでそこに入っていた白い紐のついた小さな綿のかたまりは、ティッシュにつつんでゴミ箱に投げ捨てた。
指で慣らしたところへ僕を当てる。そのまま腰に力を込めて押し込むと、いまはまだ痛みの混じった声が上がる。
それでも性急に挿入した。
決意を固めた胸に焦りが生まれるはずもない。ここまでは計算どおりだ。
なのに気が急いている。追い立てられるように腰を押し込む。
残り一週間。
膨らんだ月が消えるまで。
「ら…らい、と……くんっ。……ああっ」
最奥まで突き上げられた竜崎の身体が、びくりと跳ねた。
僕の陰茎を飲み込んだところがぎゅっと締まる。そのまま抜ける寸前まで腰を引くと、
抜かせまいとするような粘膜の抵抗感に、震えるほどの快感が背骨を貫く。それでもぎりぎりまで腰を引く。
息を乱しながら、もう一度、一番奥まで突き上げる。
「ひっ!」
竜崎の背がしなる。
反射的に逃げだそうとする腰を抱えなおし、続けざまにリズムをつけて熱くて狭い膣内を何度もこすると、
同じ間隔で、快楽にかすれたなまめかしい声が零れ落ちはじめる。それはひどく耳に心地よい。
「あっ……あっ、あっ…い…いっ」
切れ切れなことばを読み取り、歪んだ表情を浮かべている竜崎に、微笑を向ける。
「…うん…僕も」
「月く…んっ」
身体が燃えるように熱い。
「…気持ちいいよ」
「…もっ…っ。あっ」
乞われるままに大きく腰を動かす。勢いよく打ち付ける。
肌を打つ乾いた音、乱れる息遣いに聞き溺れる。急速に現実感が失われ、
刻々と失われていく時間の狭間で立ち尽くし、ただ我を忘れて快感を味わう竜崎だけが唯一の存在になる。
もしこの腕の中の人が消えてしまったとしたら、世界が暗闇に閉ざされる。そのような恐怖が愛しさとともに溢れ出す。
「ああっ……はぁっ…はっ、うっ…ああっ、あっ」
絡みつく内部を激しく突き上げる。恐れは行為に置き換わり、竜崎の口から悲鳴に近い声があげさせた。
呼吸すらもままならないような興奮の最中に、我を忘れてすがりついてくる。
その腕に込められた力の強さに、なぜか胸までも痛んだ。
限界が近いのは僕もおなじだった。
「…くっ。竜崎っ」
脳が沸騰するほどの悦楽に押し流されて、秘匿した決意をほんの一瞬だけ忘却した。
そのとき腰の深部から湧き上がった射精感に息を詰める。
奥まで穿ち、手綱を放す。
「ああっ」
ドクドクと吐き出される体液を柔い内側で受け止めて、竜崎が全身を痙攣させる。
蒸発してしまうような快感の果てに脱力して、細い身体に僕の身を預けると、ベッドと腰に挟まれた尾が邪魔だったのか、
僕を抱きしめたまま竜崎は少しだけ腰をずらした。
けれどそれ以外はなにもできず、指すらも動かすことも億劫なようで、ぐったりとベッドにふたり折り重なり、息を整えていた。
荒々しい呼吸音が耳元で響いている。
そっと腕を引き剥がし、絶頂に至った横顔を見れば、頬をうすく上気させ、瞑った目尻に涙を浮かべている。
その顔は可愛らしくてそれ以上に、奇麗に見えた。
(僕の想いはこの表情を歪ませるだろうか?)
決意を秘め、ふと、そんなことを思った。
「……ねえ、竜崎」
不揃いな呼吸をしながら囁きかける。
敏感すぎる竜崎の首筋は、吐息すらも快楽の一部として受け止め、ピクンと小さく肩をすくませる。
「なん── ですか」
言葉も切れ切れな応答を聞き、頬をすりよせて、そっと耳打ちする。
「…もし、このまま身体を洗わずに眠ったら」
細い両肩を下からすくうように掴んで抱き寄せる。
小ぶりだけれど、確かに柔らかい乳房が胸の間でつぶれた。
「妊娠するかな」
「なんですか。それ」
冗談だと思って竜崎は吹き出す。
「妊娠させたいんですか?」
「……」
僕はなにも答えなかった。
「…月君?」
「……」
「………」
だから竜崎もようやく気付いた。
欲情を吐き出し、弛んだ雰囲気が凍りつく。
冗談や戯言ではないと悟り、僕のしたで押し潰されていた胸が、ハっと短く吸い込んだ空気のせいで膨らむ。
腕だけで上体を起こし、両腕の籠にとらえたまま竜崎の目を見つめた。
そのとき僕は、どんな顔をしていたのだろう。
「…月君。ご存知だと思いますが、月経は…」
「知っている」
皆まで聞かずに即答する。
「そうだとしても。僕は疑っている」
「……」
竜崎がため息をつく。
皮肉な調子でうとましげに言う。
「……困りましたね。一般常識を疑われてしまえば、抗弁のしようがない」
そんなことばも表情も、いちいち気にしていたらはじまらない。
「調べたんだ。出血があったとしても、確実に、それが月経であるとは限らない。── だから方法を探した」
「ああ、さっきのネットの掲示板。カムフラージュだったんですか。実際は、それだった」
「……そうだよ」
黒い瞳が取り戻した読みの鋭さに、僕は胸をひやりとさせる。やはり隠し通すのはむずかしいのだ。早めに手を打って正解だった。
「それは…どんな方法です?」
「妊娠検査薬」
「…妊娠」
鸚鵡返しに呟きかけた頭脳のなかで、ひとつの仮定が持ち上がる。
「まさか…先ほどのドラッグストアで?」
「大正解」
僕は、おどけた調子で告げた。それから生真面目な顔をして告げた。
「どれだけ抵抗しても検査をさせるよ」
不愉快そうに、最後の足掻きのように竜崎が訊ねる。
「強要する権利が、月くんにあるというんですか?」
「あるよ」
即答した。
揺るぎない本心から、真摯に、竜崎の瞳を見つめた。
「だって僕は、そのお腹にいる子の父親だ。僕には知る権利がある」
「………」
「竜崎」
「………」
答えはなかった。
責めるような黒い瞳を僕にぶつけたままだった。
僕はけして目をそらなかった。竜崎は一瞬、大切なものをくしゃりと握りつぶされたような顔を見せた。
三日後。
トイレから小さな紙コップを持って出てきた竜崎の目の前で、検査薬を浸した。
竜崎の表情は変わらない。
なにごとにも揺るがされない無表情で、僕の作業を凝視している。
数秒間浸したのちに、検査薬にキャップをしてテーブルのうえに乗せ、水平に保つ。
一分間だ。
反応が出るまで。
まるで永遠にも思える六十秒を待つ。
部屋の時計の秒針を見つめる。
手のひらに汗が滲む。
唇が乾く。
果たして──… 。
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