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「…起きてください。月君」 手錠でつながれているためという理由だけでなく、図らずも同衾するようになった探偵の聞きなれた声がすぐ隣でした。それは昨夜の結末からすれば当然のことと云えた。 わたし溜まってるんです月君だって若いんだから同じでしょうだの何だのと、欲情した竜崎のベッドに引きずり込まれて半ば強引に煽られて、その気になってやりまくって疲れ果て、同じベッドで眠りについたのが午前二時過ぎ。 それから数時間、いまは…、 僕の脳がまだ休眠を欲していて、そんな体内時計から察するに午前6時ごろだろうが、竜崎はとっくに昼間の指揮官の声音だった。 「手を。…どけてください。痛い」 煩わしげに言われた直後、邪険に手を振りはらわれた。 右向きに横臥していた僕の体位が左向きになるくらいの乱暴っぷりだが、竜崎のぞんざいな態度はいつものことなのでいちいち腹を立てていてはこっちの神経が持たない。しかし今回、抗議する権利は僕にあると思う。 僕の掌には、生温かくて弾力性に富んだやわらかい物の感触が残っている。恐らくは、見ている側に胸焼けを起こさせるほどの甘党が、昨夜あたりからベッドにまで持ち込んで喰っていたのを掴んでしまったのだろう。 たとえば最近のこいつのお気に入りは某ホテル特製シュークリーム。そのぐにゃりとしたいやな触感のせいで、多少神経質な僕はつかんだときから半覚醒しかけていた。 だから竜崎の抗議はわりと鮮明に聞こえたのだ。 僕はゆめうつつにイメージする。五指にはきっと動物性生クリームとカスタードがべっとりとこびりついている。 うんざりとして瞼を押しあげた。まず最初に僕は、僕の指を視たけれど、思いがけずまっさらだった。アレ? 「竜崎。おまえは僕の迷惑を…」 セリフは途中でちぎれた。 「なんですか?」 僕を見つつ、のたりのたりと気だるげに起き上がり、ベッドのうえに膝を抱えた竜崎が怪訝そうに首をかしげる。 「月君、なんだって珍妙な目でわたしを見るんです?」 「……」 「ライトくーん、ライトくーん。聞こえてますかー。そんなに大口開け放しているとよだれが落ちますよー」 その忠告でハタと我にかえる。 僕としたことが、みっとも無くも口と目を大開きにして絶句してしまった。あわてて口元を引き締める。起き上がり口元を手の甲で擦る。 …垂れてない、よし。 というか! いやおそらく僕の絶句は常識人の反応だろ、そうだろう? 僕は内心のもう一人の僕に同意を求め、そうだよ正しいよ夜神月に間違いは無いよ! と心強い励ましを得たところで、冷静さを取り戻した。これしきのことで取り乱すなんて僕らしくないのだ。ええと…。 「…竜崎、僕のことはおいといて。おまえが気付いているのか気付いていないのか、分からないけど…。その…単刀直入に云えば『その胸』は何なんだ。ハリウッド特殊メイクと云うか、松田さんの悪戯も神業に近づいてきたと云うか…」 「胸?」 「…随分膨らんだね、僕が揉みすぎたせいで腫れた?」 「あ、そうですね」 竜崎はしごく普通のことのように、じぶんの薄い胸板に発生した肉の小山を掌で包んだ。真っ白い乳房をうえに持ち上げる。 「いまは女性用の胸になっていますからね」 「…よ、”用”って」 「たまに生えてくるんです。だからこれは本物ですよ。触ってみます?」 は、生えてくる? 自分の耳を疑って硬直している僕の手を、竜崎が無造作に掴んでぎゅむりと胸元に押しつけた。 その柔らかな感触には覚えがあった。 ゆめうつつに、シュークリームと思ったもの…ああ痛いってそういうことだったの、僕はこいつを掴んでしまったんだ思いっきり? モミモミ…。 「ね、本物でしょう?」 「うん…この手触りは、…そうね」 「どうですか? 欲情します?」 「…はは。動揺してそれどころじゃないよ」 「はい。ジョーク返しです。わたしとしては揉まれると感じますが、膨らんだりしません。笑ってください」 「ははは。ああそう? うん。ははは、意味わかんない、あはは…ハアアアアアー!」 もはや言葉にもならず脱力感に打ちひしがれた僕は、倦んだ吐息を返すしかできなかった。 どうしよう、どうすればいいんだ? まずどこから話を整理すればいいんだ? いや、とりあえず揉みっ放しの貧乳から手を引っ込めるところから始めればいいんだろうか? というか、この男、、違う、この女はよくも恥らい無く、僕の指でじぶんの胸をいじくらせるもんだな。 …あれ、元々は男だから男同士でいじくりあったって恥ずかしがることないのか? …いや、いくら男同士でも、羞恥心くらいは持ち合わせるのが親しき仲にも礼儀ありってもんだろ。 それとも、そもそも僕はこの胸をさんざん吸ったり舐めたりしてるんだから、僕こそいまさら恥ずかしがるのがおかしいのか? おかしいのはどっちだ? 「月君。状況慣れしてきたところで、もうひとつ。コレにも慣れてください」 べつに慣れてきたんじゃなくて混乱及び放心しているんだが。 「ん?」 竜崎の手が、僕の空いているほうの指先を掴んで自分の尻のほうに引き寄せた。 この状況でやろうというのかおまえ?(朝っぱらからその貧乳に欲情する僕じゃないぞ?) え。 な、なに? 違和感があった。掴まされたものに総毛立った。竜崎の尻が、貧相な体躯と相応に掴みがいがないペッタンコなのはいつものことだが、その少し上、小学生くらいの子供だったら蒙古判が残っているあたりに、ふっくらとした異物が付いていた。 背後に隠れて見えなかった。乳房のインパクトに気を取られすぎていた。その柔らかい毛に包まれた、細長くふさふさしたモノは、僕の手の中に包まれてヒクヒクとうごめいた。別の生き物のように。 ぎ、 「ぎゃあああああああああああ」 「ラ、ライト君?」 おおまおまえおまえは本当に何者なんだ竜崎ー!! 夜勤担当の松田がバタバタと駆けて来る音がして、ガンガンと僕らの部屋のドアを叩いた。 「ど、どうしたんですか?! 竜崎?! 月君?」 「気にしないで下さい、松田…さん。わたしのしっぽに触った月君がショックを受けてしまった模様です。それだけのことです」 「はああ??」 『しっぽ』って何ーぃ?! しっかりと抱きしめられた竜崎の腕のなか、僕は卒倒した。