【刺青】
寝室のキングサイズのベッドに横になり、やっと人心地がついた。毛布を胸までかけられてようやく表情を緩ませた月に、Lは白いバスローブがクローゼットに仕舞われていることを教える。
「寒ければ着てください。ですがしばらくは刺青の部分を締め付けないように、通常の衣類は避けましょう。寝返りにも気をつけてください」
「ありがとう」
「おやすみなさい。月くん」
「待って、L」
踵を返したLの背中へ静止の声を投げる。
振り返ったLは胡乱なまなざしを向けてきた。やせ我慢はお互い様だなと、月は熱を孕んで飽和したような頭の奥で考える。
「そのままで、いいの?」
「なんのことですか。眠れないなら子守唄でも歌いましょうか。月くん」
「L、こっちへ来な」
犬猫のように短く命令され、Lの顔色が変わる。不愉快そうに。しかし完全に気分を害することはない。白い首筋に透ける血のいろ。Lは興奮している。だとすれば無意味なやりとりは早々に切り上げるに限る。
「ね、こっちへ来いよ、L」
声音を変え、宥めすかすような甘い声でもう一度Lを呼ぶ。口許に微笑を浮かべたまま。不快を滲ませたLの目に諦めの色が浮かび、ふたたび踵を返してそばに寄ってくる。手を伸ばせば届くところまでLが来たとき、月は右の掌でデニムのうえからLの陰部に触れた。
Lは一瞬、顔を顰めた。
しかしすぐに無表情に戻る。
「本当にいいの、このままで?」
陰茎が確かな熱を宿していることを確認し、月は質問を繰り返す。返事はない。無言で睨んでくる黒い目を笑いながら睨み返し、挑発するために股間を手のひらで下から持ち上げるように強く優しく愛撫した。
Lはぐっと奥歯を噛み、眉をひそめた。
「……やめましょう、月くん」
低い声で制止する。
「『やせ我慢はやめましょう』じゃなくて?」
揶揄する口調で囁くと、途端に怒ったような勢いでLが月の手首を掴んだ。細いハリガネのよう固く強い指先が皮膚にくいこむ。
「セックスをすれば汗をかきます。汗は色素の沈着を妨げます。刺青を入れたあとですから、そういうことは止めましょう」
「新しい『キラ』と今すぐセックスしたくないの?」
言うと、Lはまるで見下すような目で睨んできた。
意に介さず月はわらう。
手首をさかさに返して華奢な手を握り、ぐっと自分のほうに引き寄せる。
「もし刺青の色が落ちたら、もう一度肌に針を刺しなおせばいいよ。痛みは一時的なものだ。それぐらい我慢してみせるよ。それに間はたっぷりある。僕は、死ぬまでおまえの傍から離れることは出来ないからね。何度でも入れなおせばいい。そうだろ、L?」
月が微笑を浮かべる。
Lは真面目な顔をして告げた。
「月くんは、もう少し弱くなった方がいい」
「え?」
「痛みにも、なんにでも。月くんは強すぎる」
「そうだ、さっきも言っていたけど、それ、どういう意味?」
いまのLのセリフは、施術の最中に、月に背を向けてLがつぶやいた言葉と酷似していた。
「わからないのでしたら、いずれ分かるように、努力して下さい」
Lが素っ気なくこたえる。
「それは」
「月くんなら、きっとそのうち分かりますよ。きっと」
はぐらかされたのだと思い、月はムッとして文句を言いかけた。しかし言い終えるのを待たず、身を屈めたLの黒い影が顔のうえに落ちてきたので声を途切れさせる。
ベッドの端に腰を下ろしたLは、仰向けの月のあたまの向こう側に手をついて、覆いかぶさる形でゆっくりとくちびるを重ねた。なまぬるい舌が月の口内にするりと滑り込み、唾液が交わりあう。セックスを拒絶していたLが、態度を急に変えた理由はわからない。刺青の色が落ちれば。本当に刺し直すつもりなのかもしれない。それは望ましい変化だったので、月も静かに目を閉じた。Lの小さな舌をやさしく吸いかえす。
「……っ」
吸われた舌先に痺れるような感覚をおぼえて、Lは微かに息を詰まらせ、直後にゆっくりと鼻から息を吐き出す。黒髪の中に指をさしこんで引き寄せる。されるままに身を預けてくるLの身体から、余計なちからが抜けてゆくのを感じる。細い首筋のうらに手のひらを当てて、キスの角度を少し変えさせる。するとキスはさらに深くなる。Lのくちびるから甘い吐息がこぼれ、Lが感じ始めたことが月にも分かった。
「どう、しようか?」
くちびるを離して間近でLを見つめ、月は訊いた。唾液で濡れたくちびるは艶めいて妙に婀娜っぽい。Lが不思議そうな顔をして首をかしげる。
「どう、とは?」
「ん。つまり僕はここに傷があるから」
わざとらしく腹部のあたりに手を伸ばす。
「だから自分からは動けそうにないよ。このサランラップもはがれそうだしね」
「……」
「だから、どうする?」
言わんとするところを察し、あきれた目で月を見た。
そんな状態ならセックスなどしなければいいでしょう。そうやって切り捨ててしまえればよかったが、もう手遅れだった。身体の奥が熱くなる。繰り返し覚えこまされた固い熱の愉悦を思い出してしまった。Lにも熱がともってしまった。そしてそれは誤魔化して耐えるよりも、吐き出してしまった方が楽なのだ。
黒い後れ毛に指を絡ませていた月が、Lの耳殻を手のひらで覆うように撫でる。くびすじの弱い部分を慰撫されて、ぴくんと肩を竦める。息を零す。
「わかりました」
投げやりに肯いたLが、身を起こす。
「そういうやり方でいいです」
ベッドから降りて、二人のあいだに挟まっていた毛布を粗雑に取りはらう。
「そうだね」
保護フィルムに包まれた赤い傷にちらりと目を走らせ、そこを避けるように月の腹部に手を置いた。そしてまだ柔らかい月の性器の根元を掴むと、赤い舌をいっぱいに突き出して、裏側から支えるように、ゆっくりと口腔に含んだ。
「ん……」
重たい快感が背筋をかけあがり、月は堪らず枕に後頭部を押し付けた。Lは、濡れた音を響かせて性器をしゃぶり、溢れた唾液ごと苦味を啜る。
熱い口腔はそれだけでも淫猥な気分にさせられるのに、好物のキャンディをねぶるように舌が絡んでくれば尚更だった。どろどろとした情欲が腰の奥から湧き上がり月の性器は固くなった。息が少しずつ乱れはじめる。堪えるようにゆっくりと瞬きをして天井を見上げた。吊るされたシャンデリアは宝石の煌めきにも似た細かな光を反射させている。目眩がする。いつもよりも数倍、知覚が敏感になっている気がした。
深呼吸をしたあと、ふたたびLを見やる。手を伸ばして黒髪を撫でると、Lは、頭を上下に動かすことを止めず、横目で月を見つめた。
自分の表情を十分に計算に入れ、窄めていた口を開き、意図的にエロティックを演出するように、赤い舌を突き出して性器の裏側を舐める。
「うっ……」
そのまま先端の孔を舌先でくすぐられ、鋭い快感が押し寄せて爆ぜそうになった月は、眉間にちからを込めて堪える。愉しげに、Lはくちもとに笑みを浮かべた。
「……L」
先端から滲み出した体液もなにもかもを呑み込むように、湿った音をたててしゃぶりついてくるLの髪を掴み、きつく握る。
「もう、…いいよ」
髪を引っ張られる痛みに眉をしかめながらも、頬張ったものを口の中から出そうとしない。
「いいんですか」
そのまま、訊ねてくる。敏感な部分の柔いところに歯の切先が当たり、危うい刺激にぞくりとした。
月は、瞼を閉じた。
「ん、じゅうぶんだ」
目をひらき、肩を退けるように手のひらで押すと、Lは口に含んでいたものを吐き出し、くちびるのまわりに零れている唾液を手のこうで拭いながら立ち上がった。月の下腹部を見下ろす。勃起して充血色を濃くした性器のとなりに、保護フィルムに覆われた赤いKIRAの文字。刻み込んだ色の美しさに、うすく笑う。私が生み出した、私が色を入れた、これは私だけのキラ。
これは私だけのキラ。
服をすべて脱ぎ捨てる。
ベッドにのぼり、月を跨ぐ。月の左足のふとももの上にしゃがみ、膝をつく。不安定な座位のため、月の腰骨のあたりに片手をついて体勢を整える。
Lは、月が見つめる先で、じぶんの指を口に入れ、唾液を絡ませた。そして滴るほどにたっぷりと濡らし、後孔にゆっくりと差し込む。
「……ん、くっ」
指の感触に首を仰け反らせてLが呻く。月を受け入れるため、指を動かし慣らすたびに、ひどく扇情的な声をこぼす。じぶんの脚の間でぎこちなく腕を動かす、Lの痴態に、月の性器はいっそう硬くなる。
一旦指を抜いて、こんどは二本まとめて舌をからませ唾液を補充し、ふたたび奥に押し込む。内側から濡れた音が零れだし、Lがぎゅっと目を瞑った。
「……いきそう?」
興奮に上擦った声で聞き、シーツに肘を付けて上体を起こした。Lのなめらかな太腿に触れると、Lはぴくりと肩を震わせて、いやがるように頭を左右に揺らした。顔にかかった前髪が横に流れる。
Lの黒い瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。懇願するような色のまなざしに、月は微笑んで頷いた。伸ばされたLの右手を、左手で、指のすべてが交互に絡み合うように握る。
Lは、はぁはぁと浅い息をしながら、月の陰茎の根元を掴む。握り合った手に力を入れてバランスを取りながら、自ら慣らした奥の部分へ、宛がう。そして深呼吸をひとつして腰を落とし、月をゆっくりと内側に押し込んだ。
「っ……」
張り出した先端が狭い入り口を広げ、じわじわと入り込んでくる。くちびるを噛み締める。月は、Lの細い腰を掴み、下から深く突き上げた。
「ひっ、あー」
穿たれた衝撃に、Lがガクリと倒れこんでくる。月の胸に手をつく。月はかまわず腰を動かした。
「んっ、ふ、ぁ……あっ…」
ぎしぎしとベッドが軋む音と、Lの喘ぎ声が重なる。
月は、上に乗るようにしむけた自分の言動をいまさらながら後悔していた。早々に参ってしまったLは、もうまともに動くことができないだろう。激しく突き上げたい欲求が湧き上がり、堪えきれずに体勢を変え、つながったままLの脚を抱え上げた。きつく締まる内側を、そのまま何度も奥深く抽挿する。
「ああっ、あっ、あっ」
Lの喘ぐ声が高くなる。身も世もない態で月を受け入れ、全身を震わせている。突き上げられるたびに背が仰け反り、つながった部分がぎゅっと締まった。全身が熱くてたまらない。体が心臓と一体になってしまったように耳のすぐそこで鼓動の音が煩い。汗ばんだ首筋と赤くなった頬と眉間に深く刻まれた皺。まるで苦痛に耐えているようなLの表情を見つめながら、激しく腰を動かし続けていると、ふいに全身を戦慄かせたLが、強く強くしがみついてきた。
ぶるりと身を震わせ、Lの精液が抱き合ったふたりの間で溢れたとき。
同時に月もLのなかに深く刺し込み射精した。
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