【刺青】
施術の後、火傷のようなヒリつく痛みは二日と掛からず消え去った。
その後やってきたのは、傷ついた皮膚が猛烈な勢いで再生し、死んだ細胞を追い払おうとする、激しい痒みだった。
あまりの痒さに耐えきれず、月はイライラと舌打ちを繰り返す。とは言え、掻いてしまっては元も子もないとわかっているので、忌々しげに拳を固める。
バスローブ姿の月が横たわるベッドの隣で、Lはソファに座り、悠然とフォークに突き刺した菓子を口に運ぶ。
「引っかいちゃダメですよ、痕が残りますし、色が散りますからね」
時々気のない忠告を入れる。
さらに数日経つと痒みは治まり、皮膚がぽろぽろと剥がれ始める。
日焼けした肌が少しずつ剥けていくように、死んで剥落した皮膚の下から、真新しい皮膚が現れる。美しい肢体の一箇所に赤が浮かぶ。
真皮に刻まれた、朱色のあざやかなKIRAの文字。
「綺麗に発色しましたね」
部屋の姿見の前に立ち、自分の裸体を眺める月の傍にしゃがみこんだLは、朱色の文字が飾られた腰に顔を近づけ、満足そうに指でくちびるを弄った。
「あれだけ汗をかいたのに、案外色が落ちませんでした」
「そうだね。いい腕だと思うよ」
「まあ、初めてにしては上出来です」
「嬉しそうだな」
「いいえ。色落ちすれば刺しなおすことができたのに、と思うと残念です」
「……」
「いつか色を追加してみたいですね。奇麗だと思います。これで新生キラの誕生ですね」
Lが揶揄すると。
「今度は、僕にやらせろよ」
月が溜め息を落としてそう言った。
Lは目を瞬かせて、しゃがみ込んだまま月を見上げた。
「何をですか、まさか刺青を?」
「そうだよ、『L』って彫らせて」
「誰に」
「おまえにだよ。他に誰がいるっていうんだ」
「何を言ってるんですか、いやです。刺青は痛いんですよ」
拒否すると、月はわざとらしく肩をすくめてLを睨んだ。
「知ってるよ。身をもって経験したばかりだからね。ただ入れ墨は罰だと云うなら、おまえも罰を受けるべきだと思う」
「なんの罪ですか?」
「大量殺人鬼『キラ』を許した罪」
Lは思わず目を丸くして月を見つめた。月は真顔だった。夜神は、潔癖に迷いなく、Lの正体を暴き立てて突きつける。
(私の罪)
心のなかで呟いて、Lは微かにくちもとを笑みの形にゆがめた。
大量殺人犯キラである夜神月をみずからの手で断罪することに決めたのは、利己的で卑しい私情に尽きる。Lという立場を逸脱して、夜神月を欲してしまった。その感情に名前をつければ、恐ろしく通俗的なものだろう。
── 夜神月を愛している。
(この私が)
そんな感情に囚われる。
「……」
黙ってしまったLを見て、月は僅かに眉をしかめた。おもむろに口を開く。
「それと」
「……はい」
「おまえはキラ事件のときの、違法捜査の罰でも受けろ」
「は?」
思わず目を瞬かせた。
月はしかつめらしい顔をして言った。
「おまえが仕掛けたCCDカメラの盗撮も盗聴も知っているんだからな。Lも少しはこの痛みを味わったほうがいいよ」
「……」
それはまるで子供じみた言い分だった。
Lは、月の思いがけないセリフに、おもわず声を立てて笑ってしまった。
そして願う。
痛みを知った裕福なこどもが、今度こそ世界を愛して生きていけますように── と。
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