喧嘩けんか


 混乱を抑えつけるほどにずきずきとこめかみは疼き、 思考を阻害しつづけた。しかし胸に巣食う違和感が思考のすべてを縫いとめた。
 用意された避妊具、奪われた服。名前を知るための恫喝。これは計算ずくの強姦行為。男たちの名を白状しなければ、合意のない行為がまた繰り返されるだろう。それは肉体の弱い部分を抉じ開けて、 ふたたび私を傷つけるだろう。そうであるはずなのにどこか辻褄が合わない。
── …どうして油断したんだっ)
 耳の奥で再生される声に、鼓動がドキリと音を立てる。
(『僕』以外の人間なんかに。)
 切迫した声とつねに冷静なはずの夜神の鋭利な瞳に、滴り落ちそうなほど表出していた感情が私を混乱させる。それは『怒り』ではなかったか。
(まさか)
 そこからひとつの仮定が浮かび上がる。付随してこみあげてきた感情を否定するようにあたまを揺らすと、重なっていたくちびるが滑って濡れた音を響かせ、離れた。離れたくちびるはそのままま首筋を辿って鎖骨を噛み、胸の先端の色付いた部分ばかりを集中して舐った。 痺れるような違和感が這い上がり、肩を震わせる。頭部を支え続ける気力も失せ、首の力を抜いて寝具に沈めた。
 きつく閉じていた目をゆっくりと開いて、わずかに斜めに首をむけ、胸部にこすりつけるように顔を寄せている、薄茶色の頭部を眼下に見降ろす。視線に気付いた夜神がこちらを見上げる。が、目はすぐに伏せられた。
「………」
 伏せられた夜神の睫毛は、震えているように見えた。
「……わかりました」
 ことさら平坦な声で肺の中の息をすべて吐き出す。
 刹那、夜神は緊張したように身を固めた。ややのちに視線もあげず微笑して、問い返す。
「なにが?」
「夜神君は残忍な人です。私が暴行を受けた直後だと知りながら、これですからね」
「はは。残忍だとキラっぽいか?」
 私がわざと見当違いのことを告げると、途端に夜神は無邪気な笑い声をあげる。
「死刑囚をわざとキラに殺させたLに言われたくないな。…ああ、もしかして流河は、これが僕の、キラとしての残酷性だというのか?」
「いいえ」
「そうだ。僕がキラだとしてもこんなことでLを貶めたりしない。それこそ無意味だ。 わかっているだろ、僕はただ知りたいんだ。犯人の名前を。でも」
 言いながら、上目遣いにちらりとこちらを見る。
「流河がこんなことで名前を言う気になればいいけどね、どうなんだろう」
「………」
「流河は強情だからね…」
 夜神の眼はすでに乾いている。
 挑むように見上げてくる鋭い視線だ。ことさら冷やかに見返せば、 まるで罪悪感と正義感の葛藤に苦しむ善人のように目を伏せた。
「……おまえが白状しないなら、僕としても心苦しい事態になるね」
 哀切を滲ませた呟きに、突如として怒りを感じた。
 耐え難い感情のざわめきが背筋を這い上がるのを振り解くように唇のはしを釣り上げる。
「でしたら、もっと暴力的に扱ったらどうですか?」
「…何?」
「夜神君のやり方は、甘いんですよ」
 挑発的に告げると、夜神はおどろいて目を瞠った。
「恫喝になりませんね。むしろ快楽を感じます。あの男達とおなじように」
「………」
 愕然としてことばを失う。信じられないものを見る目つき。
「ああ、そう」
 睨み合った直後、夜神はぎゅっと眉根を引き絞り、抱えていた脚をさらに押しあげ加重してきた。
 背中の下で戒められた両手首が悲鳴をあげる。
 腕はもうとっくに痺れて指先の感覚は無きに等しい。しかしその痛み以上に、何の前触れもなく夜神の片手が陰嚢を押しあげ、 奥の窪んだところに触れたことが私を震わせる。
「じゃあ、ここはどう?」
 細い指が広げられた脚のくぼみの周囲をゆるやかに彷徨う。シャワーの名残りと、焦燥から滲んだ汗で湿ったそこをさぐる指に鳥肌が立つ。 整った指先は、柔らかすぎる皮膚のうえをなんども揶揄するように行き来して、中心に定まり停止した。
「…うっ、……」
 いきなり固い肉の孔を中指で抉られた。
 数時間前に荒々しく刻まれた苦痛の記憶がよみがえり、触れられるほどにそこは緊張し、固く口を閉ざし拒絶を示す。 しかし指は容赦なく制止をきくような慈悲はない。 チリチリと産毛が焦げつくような恐れが迫り、背筋を貫く寒気にぶるりと身を震わせれば、 夜神が可笑しがるような声で問いかけた。
「ほら?」
「……っ、っ」
「ここは…どう?」
「………ふ、ぁっ」
「もっと乱暴なことをしようか?」
 ぎりと歯を噛み、唇を閉ざした。頭痛を抑えこみ、無感動なまなざしを繕うと、 夜神は微笑をうかべたまま目を細めた。
「…おまえは」
 と言いかける。
 目を合わせたまま、私は何も答えない。
 告げるべきことばは何もない。
「……」
 夜神は先を続けず、諦めたように、ただ笑みの皺を深くした。
 くちもとに指先を寄せて唾液をからませる。そうして抵抗しないと判じた指が、そのまま無遠慮に第一関節までもぐり込んでくる。 ぐるりと入り口をこじあけるように回転する。 おそらくは彼の指先がはじめて味わう感触だろう。それでも持てる知識を活用し、前立腺のあたりを探し出して丹念に粘膜をなであげる。 じわじわと内部をひらかれる。
 覚悟したところで抑制の効かないこともある。
 指が増やされ、内部を押し広げるようにぐいと左右に膨らんだとき、陸に打ち上げられた魚のように私の腰が跳ねた。
「はは、あんまり力を入れるなよ」
 反射的にぎゅっと締め付けた肉を押し戻しながら、夜神は笑う。
 微笑の表情のまま、侮蔑するように呟く。
「流河、もしかしてその男達にも、そういった態度で好きにさせたのか?」
「………」
「どうなんだよ、流河」
 こたえずにいると夜神は苛立たしげに眉を顰め、後孔から指が乱暴に抜き去り、 その片手をベルトに掛けた。
 ジィと金属のこすれる独特の音がした。 ズボンの前を開いて固く張りつめた性器を引き出す。
 その逞しい性器を目にしたとき。
 私はふっと息を吐き、全身の力を抜いた。
 反対に、夜神は息を短く吸い、一瞬手をこわばらせた。
「………」
 気付かぬ振りをして天井のすみを見上げる。 数時間前の蛮行がまた繰り返されようとしている。けれどあの子はいない。
 目もあわせずに、ビニルの切り口を歯で押さえて裂き、取り出した避妊具を片手で陰茎に当てる。 丸く巻かれたゴムを伸ばして装着する。服を脱がず、はだけた前の部分だけを私に押し付け、腰を抱えなおす。潤滑剤のゼリーがひやりと濡れた感触を伝えた。
「本当に言わないつもりなんだな」
「……教えたら、やめたりするんです、か?」
「当たり前だ」
 夜神は即答してうなずく。
「僕だって好きこのんで、男としたいわけじゃない」
 私はおもわず唇をゆがめてしまった。
「…それは、…おかしいですね」
「なに?」
「だって、さきほど夜神君は言ったでしょう。私は、強情だからきっと名前を告げはしない。そこまで計算した上で、この状況に持ち込んだ。そうじゃないんですか」
『名前』の脅迫カードはきっかけに過ぎない。
「だとすれば、口実なのです」
 ざわめく感情が止め処もなく溢れ出し、口からこぼれる。
「こうまでしても私を抱きたかったのだと」
「………」
「…はじめから強姦自体が目的だったのだと、そういうふうに聞こえたんですが── っ」
 しかし言い終える前に、科白は脳をつらぬく激痛に奪われた。
 潤滑剤の助けを借りて、男性器はそのすべてが一気に収められた。 いきなりの挿入に痛みの余り声すら出ず、 反射的に硬直した全身は衝撃がおさまるのをひたすらに待った。 押し込んだ夜神も動きをとどめ、苦笑いをしながら肩で息をしている。
「…きつすぎる」
 言いながら下腹部で痛みに縮こまっている陰茎に手を添えてくる。
 上下にこすられ、湧き上がった純粋な快楽におもわず声がこぼれた。
「…ふ……くっ」
 首を振りシーツに横顔を押し付ける。



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