廃墟
大きく車体が傾いだ。
振動で月は目を覚ました。アスファルトの道路に転がっていた小石にタイヤが乗り上げてしまったようだ。
瞼をひらいてぼんやりと目を瞬かせる。意識がまだあちら側に残っている。あちら側──それは本当にひどい夢だった。
殺したはずのLと廃墟へ行くと云う、あきれた夢。
どうかしている。
胸の前で組んだ腕をほどき、スーツの袖口を引き上げて時刻を確認する。うたた寝をしていた時間は短く、YB倉庫までの道のりは思いのほか遠かった。
「あ、月くん、起きた?」
バックミラーで背後を確認した、助手席の松田が、声をかけてくる。
「もう少しだから。渋滞につかまっちゃったけど、あと五分ぐらいで到着するよ。それまで寝てていいよ。ね、相沢さん」
「ああ、そうだな」
運転席の相沢がちらりとこちらに視線をよこしてくる。月は、ありがとう、と付け加えて、ふたたび目を閉じようとした。そのとき一瞬、目尻にかさついた感覚があることに気付く。ゆびさきを当ててみる。ざらざらと粉を噴いたような手触りだった。まるで涙を流した後のようだと思って、記憶のなかを探る。涙? いつ?
思い出して、苦く唇を噛んだ。
Bが女を殺したときだ。凶事に巻き込まれて命を落とす人間を見たときだった。
救えるはずもなかった命だ。
けれど救いたかった命だ。
苦い想いを噛みしめながら、月はなにげなく手のひらを見つめた。
手のひらが妙に温かい気がしたのだ。
もう一方の手で、手のひらを上から包み込み握りしめる。
あのとき、なぜLは手を引いてくれたのだろうか。
埒もなく考えた。
すべては夢の話だ。
答えはすべて月の中にあるはずだ。
ウィンカーがカチカチと音を立てる。
交差点を左折すると、ふいに空が広くなった。埠頭の入口にさしかかったのだ。
目線を前方へ向ける。
YB倉庫がゆっくりと迫ってきた。
倉庫を目にした瞬間、月は奇妙な既視感を抱いた。
それはどこか夢の中の廃墟に似ていたのだ。
胸奥を鋭い刃物で引っ掻くような痛み。
(……ああ)
廃墟から目をそらし、月は思わず苦く微笑した。
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