夢はトモダチを作ることだったんです
……え?
幼いころの将来の夢の話です

他愛ない話をしたいと電話を掛けてきた竜崎。
キラ捜査の拠点としているホテルからの帰路だった。僕はタクシーの後部座席に凭れかかり、携帯電話を耳に押しつけ、喋る。

何と云うか…、竜崎の悲惨な境遇が推し量れるようなセリフだね
仕方ない、と云えばそれまでのことです。私は幼いころからLとしての教育をうけていたので、同年代の友人には恵まれなかった
毎日、大学教授レベルの有識者から英才教育漬けか?
私はLになることを義務付けられていました。無知では務まらないことです
将来の夢は、夢見る前に決められていたってことか。驚いたな。竜崎はそのためだけに教育され、生きてきたんだ。そうして高い知識を得た。代わりに友人を得られなかった
……
ああ、ごめん。失礼なことを言ったかな。でも…だから竜崎は僕に対していつまでたっても敬語なの? 僕としては敬語でしゃべるのって距離を感じるよ?
あ、すみません。これは癖です
…おもしろい癖だね

上の空に近い返答をして、唇を舐めた。
シートに横たわった月の胸部に、疾走するタクシーのエンジン音が響く。
今晩、
Lの声はひどく耳に官能的だ。

…今日は随分とプライベートを喋ってくれるんだね
友人との話題としては不適切ですか?
はは。友人との会話なんて八割以上、他人の噂話だよ。それ以外はプライベートな相談事。そういうこと知らない?
初めてと云うのは困りものですね。何を話せばいいか…。友人として相応しい話をしようと思ってもなかなか話題が見つからない。 私たちには共通な話題もない。捜査以外ではほとんど顔を合わせる機会がありませんから、お互いを知らない。だからと云って査本部員の方々について噂話をするのも、無粋ですからね
嬉しい
はい?
もっと話して。噂話なんてつまらない。僕はおまえの孤独な幼い日々がもっと知りたい。おまえが子供の頃、なにを学び、なにに傷ついたのか

竜崎は抱えているものが大きすぎる。僕には想像もできない世界を生きている
……
すごいね

ふいに会話が途切れた。
電波でつながっている、口を閉ざしていてもつながっていること、息遣いを感じる。
なんの会話もない電話なんて意味が無いと、普通だったら切ってしまうくらいの長い沈黙。

…竜崎?

竜崎、聞いている?

信じました?

え?

…私の話、

僕は一瞬、身を起こした。タクシーの運転手がバックミラーごしにちらりとこちらを見やってくる。奥歯を噛み、すぐにふたたびシートに身を沈めた。
権謀術数を抜きにしては有り得ないのだと、疲れた頭の片隅で考える。失望。胸の奥底を抉られるような痛みを感じている自分自身に、苛立ち、その苛立ちのままに、不機嫌な声を発した。

今の話は全部デタラメ?
そう思いますか?
質問に質問で返すのは最悪だ。答えになっていない
ですから、私の話は夜神君が嘘だと思うのなら嘘になり、信じていただけるなら真実になります。つまり…
意味がわからない。正直言ってすごくガッカリしているよ今
…私は
……
………夜神君の夢はなんですか?
すごい。まったく違う話題を振るんだね。完全に無視?
教えてください
僕の夢は、むかしからずっと変わらず、警察官になることだよ。犯罪者をひとりでも多く、逮捕するために
殺すために?
勝手にひとのセリフを改竄するな
殺すためでしょう?
…竜崎。僕は本当のことを告げている。なぜ信じない?
夜神君が私を信じようとしないから
おまえだって僕を信じようとしないくせに
夜神君は、真実を語らない
おまえが真実を語ろうとしないから
認めたんですか、今。私が真実を語らないと信じているから、じぶんも真実を語るつもりは無いのだと?
そういうことじゃない。おまえは人の話の揚げ足を取るのが趣味かよ。腹が立つ
でしたらこれからひとつだけ約束してください
内容を聞く前に承諾するなんてできない
聞いてからでは意味がない
竜崎
夜神君、

強い口調で名を呼び、それきり竜崎は沈黙した。うんともすんとも言ってこない相手へ、しばらく怒りを滲ませたつよい声音で返答を求めたが、やはり竜崎は黙ったままだった。電話を切ってしまえばいいと思ったけれど、逃げるようで癪だった。だから選ばざるを得なくなった。
竜崎が言い出した、なにかしらの約束を交換するか否か。
ただ約束なんてものは、いとも簡単に破ってしまえるものだ。卑怯者になることを恐れなければ容易に。それが相手の立場を上回るもっとも容易な方法でもあった。
そして逆に、竜崎が卑怯者にならず、ひとつの約束を守らせることができるのだとしたら、それは僕にとって幸運なことかもしれないと考えた。竜崎が約束を守ると仮定して。
素早くそこまで考えて、最後に、沈黙は短めにした方がよいと考えた。品行方正であるはずの自分に躊躇する要因が多いはずもなく、悩みすぎると反って不自然だった。
不快感で濁らせた重いため息を吐いた。

…それはどんな内容?
これからひとつだけ夜神君に質問します。その質問に『嘘』を吐かない…ということです
ああ…成る程
いままでの会話の流れからすれば自然だと思います
含みのある言い方だね
随分と躊躇されていたようなので…
してないよ
そうですか。すみません…

爪の先ほども悪びれていない声音。
そうして携帯電話を通じて投じられた策略に、いつのまにか嵌ってしまったことに気付いたが、いまさらだった。 子供のような潔癖さを偽装して真実を求めあい、意見をぶつけ合い、いくらそれを繰り返したとしても結局行き着く先は偽りだというのに。

夜神君。私もひとつだけ真実を告げます。だから教えてください
ん?
あなたはキラですか?
そうだね
……
僕がキラだ。

数秒と間をあけず、あっさりと肯定した。躊躇しなかったからこそ真実はいっそ白々しく嘘くさく聞こえただろう。
そうですか、と言ったきり竜崎は口を閉ざした。僕は笑い出したいのを我慢して口元をひきゆがめていた。こういう答え方もある。 躊躇なく軽薄な振る舞いで真実を遠ざける。ああ、それに、
(僕は嘘を吐いていない。)
ちゃんと約束を守った。

今度は僕が聞いてもいい?
……はい
竜崎が本当にLなの?
……
…なんてことは、正直どうでもいいんだ。おまえがだれであろうとね。僕を疑っているっていう事実は変わらないから。だから知りたいのは今日のことが、手口なのか、真実なのかってこと。 今日、竜崎は僕のことを「初めてできた友人だ」と言ってくれたね。嬉しかった。でも僕は信じていない。それは認めるよ。僕は竜崎が本音を告げると思っていない。だから昼間のことも、きっと手口なんだろうと思った。おまえは同年代の人間を犯人だと考えたとき、その全員に「トモダチ」だと告げているんだろう? ねえ、それとも僕らはほんとうに友達なのかな?

タクシーが首都高速の料金所で一時停車した。ウィンドウを下げて指定料を支払っている運転手と、料金所員のぼそぼそとやりとりを小耳に挟みながら、月は携帯電話のむこうの息遣いに耳を澄ました。 ふたたび車体が動き出す。十分とかからず月の自宅に到着するだろう。
僕が即答したのとは正反対に、Lはじっくりと考え込んだ。気短な人であれば苛々と怒り出すであろう程長い時間をかけて。
そして熟考のすえに出された回答。

恐らく一番近いのは……同じ孔の狢、だと思います…

竜崎のセリフを聞いて僕は思わず吹き出してしまった。耐えられなくてしばらく哂い続けた。それは間違いなく竜崎の本音だと信じることができた。そういう答え方もあるのだ。
ひとしきり哂い続け、竜崎は僕の笑声をただ受け止めていた。今夜のLはやはり官能的だ。やはり僕を誘っていたんだ。僕を罠に嵌めようと。だって僕等はお互いに、たったひとつだけであれ、本音と真実を互いに渡しあえたのだ。まるで本当の友人のように。

ありがとう竜崎。電話、愉しかったよ
私も、有意義な時間を過ごさせていただきました
おやすみ
はい、おやすみなさい



 ...fin...