早漏
回転の速い頭脳。
スリリングな会話。
テニスを終えた後、軽くシャワーを浴びて汗を流し、Lと連れ立って入った喫茶店で、キラに関する駆け引きじみた会話を繰り広げながら── 。
僕は、興奮に汗ばんでいた。
一見頼りなさそうにも見える細身で飄々とした体躯の男が内包する、パワフルな知的好奇心。
恐ろしいほどの思考のスピード。
こんな相手は初めてだったのだ。
たとえばキラであることを隠すため、僕があたかも非凡であるかのように振舞おうと万般の準備をしたところで、この男は恐らくあっさりと器量を見抜いてくるだろう。
入学式のときもそうだったが、相対して議論を試みて初めてLの深遠のふちに臨むことができるのだ。油断すれば、Lの思考のスピードに振り落とされる。墜落してボロを出す。そうならないために全神経を研ぎ澄まして挑んでも、圧倒されてしまいそうになる。
囚人が書いたという写真を三枚目までと決め付けた僕に、四枚目を偽装して提示してきたL。この僕を詭計にはめた。憎らしさに、腸(はらわた)が煮えくり返る。忌々しさに苛立ちが募る。
しかし同時に、思いがけない角度から切り込まれて、僕は甘い毒に痺れるにも似た感覚を味わっていたのだ。僕を陥れる人間など、これまでの人生に一人として存在しなかった。それは、ぬるま湯に浸されたような日常において、いっそ鮮烈な刺激として僕をつき刺したのだ。
血が騒ぐ。
わきの下に滲む汗。
脇腹をたらりと滴る。
椅子に座った太腿は汗でじっとりと濡れている。
すうっと息を深く吸い込む。
もう一度正面から、Lを見つめる。
目のまえの男。
漆黒の髪、
鋭角の顎、
隈のある精悍な眼光。
L。
と云う形に、Lの唇がうごくのをスローモーションでも見るような気分で眺める。
Lが怪訝な顔をしている。僕がLを見るように、僕もLを見ている。
『どうかしましたか?』
その一言を言い切る二秒に、Lはどれだけの情報を、僕の表情、仕草、気配から吸収するだろうか。
いま僕がLについてそうしているように、たった二秒の間に、どれほど僕について考えを巡らせるだろうか。
想像するだけで戦慄と興奮に鳥肌が立つ。
陶酔感にも似た心地になる。
僕の目の前にいる、彼がLだ。
事実、彼がLなのだ。
事実、彼がLだ。
(ああ……)
僕はいま、Lと知的な交歓をしているのだ。
「大丈夫ですか」
沈黙に不審がられてしまった。取繕うほどでもない。僕は穏やかに微笑んでみせる。
「ん……。なんでもないよ。ちょっとぼんやりしてしまっただけだ」
「そうですか」
「うん、平気だ」
「はあ」
胡乱な声。
まるで信じていない声音。
僕は笑った。
そして称揚した。
「流河は、あたまの回転が早いな。ついていけないくらいの思考のスピードだ」
「そんなことありません。夜神くんの推理力も凄いですよ」
小首を傾げてつまらぬ世辞を口にする。
残念なくらい僕は本心から賞賛していたのに、おまえは違うんだろうな。
「私はむしろ遅いくらいです」
否定を口にしながら、薄い唇を指先で押しつぶす。
Lの声は冷静で淡白だった。
そして重かった。
「捜査において、慎重に動くべき点は熟知しています。そして必要に応じて即動かなければ機を逃します。私の判断が一分遅れれば、その一分に人が死ぬ。今こうしている間にも、キラは人を殺し続けている。そう考えると」
流暢な喋りに不自然な区切りを入れて、Lは小さく息をついた。
「私は遅い」
「……」
「遅すぎるくらいです」
言い切って親指の平で唇を押しあげる。くちびるの赤い肉の色が目を焼いて、僕は頭から爽快な炭酸水をかぶったみたいな気分になった。
ああ……、
おもしろいよ。
ゾクゾクしてきて、本当に堪んない。
流河。
L。
やっぱり、おまえ―早過ぎる。
僕は、おまえのスピードに引き摺られてしまう。
僕は、
僕は、
あの、
大丈夫ですか?
ああ、
──其は如何に?
──知的興奮で候
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