性描写過多。苦手な方は回避要
電話越しに告げられるホテルの名は、誰もが一度は耳にしたことのあるものばかり。
ルームナンバーもいつだって最上階付近だ。
広々とした客室に、ビジネスミーティングルームや多目的ワークスペースまで具えている。
スイートのなかでも確実に最高級クラス。いったいどこから資金が出てくるのかと訝しく思うほど豪奢な仮住まいに、
大学を終えたあと出向くことがいつのまにか僕の日課になっていた。
もちろんキラ捜査の協力だ。それがメインで、
ついでにときどき気まぐれに、おとなが三人以上横たわってもまだ余りあるキングサイズのベッドのうえで
僕はLを犯す。
服を脱げといえばあっさり脱ぐ。
足を開けと言えばベッドに横たわり躊躇もせずそうしてみせる。
行為自体になれているといった爛れた雰囲気はないけれど、性的なことに対するLの態度は少し変わっている。
僕の要求のすべてを淡々と受け入れる。どれほど歪んだセックスであれ驚くほど抵抗を示さない。その理由を聞いたことはなかった。
「おまえにとってはセックスも捜査の延長、僕をキラと判ずるための情報収集の一部なんだろうね?」
ぴんと張り詰めたシーツのうえで、膝裏をすくい組み敷いて、覆いかぶさった耳元に、ふと意地悪く囁いてみる。
なんとなく思いついただけ、ただの戯言だ。
「じゃなければ、男とだなんて、普通は、できないだろう」
愛情なんて持ち合わせていない関係だから、相手を傷つけるだけの諧謔も気安く口に出して愉しめる。
傲慢に嘯き、相手を傷つけることに些かも躊躇しない。
だってこの関係はLの挑発が発端で、僕にとっては短慮のしっぺ返し。
嵌められたと言っても過言ではなかった。
はあ、と曖昧に呟いたLは、視線をどこかに飛ばして思案した。
「…理由…ですか…」
身を預けたまま、素直に問われたことに対する考えをめぐらせる。
僕は、別に答えを求めているわけじゃない。
聞いたところでどうしようもない。
そうだと察していないわけでもないのに、
Lはたまに僕のことばにいちいち律儀に反応する。それはたいがいキラに関すること、つまり僕に関することだ。
問われたLはわずかに沈黙したのち。
微かに笑った。
「夜神くんは、それを聞いてどうしますか、理由が知りたいですか?」
頬に浮かんだ笑み。嗤笑と感じた僕は、
ムっとして抱えた膝裏をシーツに向かって強く押し付ける。Lが悲鳴をあげる。
「い、痛い、止めてください、足」
Lの体は女みたいに柔らかくない。関節のつくりも筋肉の張りも。
「ごめんごめん」
痛がる声に満足して、苦笑まじりに謝りながら押しひろげる腕の力を緩める。解放されてほっとした、
滑らかでまっしろいふくらはぎや太腿は、とたんに驚くほど柔らかくなったと感じる。
この落差はなんだろう。
──まあ、どうでもいいか。
「…そのまま、力抜いてて」
平坦な声でつぶやいて、体勢を立て直す。
それから深呼吸をひとつして、硬直した陰茎を熱く熟れた内側にむかってゆっくりと押し込む。
「んっ…」
とたんにLの唇からは苦しげな吐息が漏れる。
反射的にきつく締まる。
奥まで入り込む間、Lは肩を竦めて全身を固くこわばらせている。
怯えきった小動物みたいなしぐさは、ひどく僕の劣情を煽る。
激しく貫きたい欲求が湧くけれど、
無体を強いて体を傷つけることは今後を考えれば得策ではなく、
最後まで押し込んだあと、じっとそこで僕は待つ。
内側が徐々に解けていって、苦しげな表情が緩んだところ、
ようやく小刻みに腰を動かしはじめる。
張り出した先端に柔い粘膜を刺激されて、Lの体がビクリビクリと跳ねる。
「やっ…」
拒絶の響きを孕んだ声はいつだって体と裏腹だ。僕を受け入れた身体はもっとたくさんと欲しがってうごめき、だから僕はもっともっと動いてやる。
押しあげるように腰を揺すると、ぎゅっと閉じられた瞼のはしに透明な水滴がにじみだす。
断続的な声にあおられて僕は少しずつ動きを激しくする。
じりじりと抜ける直前まで引き、一気に突き入れる。なんども繰り返すと、こすれ合う粘膜同士のなまなましい摩擦感に、
腰の底から熱いものがこみあげてくる。
でもまだだ。まだイきたくない。
腰を大きく引くとぬるりと全部抜けてしまった。
はあはあと息をしながら、僕は腰を深くしずめて押し当てて、垂直に陰茎を突き刺した。
まっすぐに一番奥まで貫かれて喉を逸らしLがのけぞる。
「んあっ、…あ、あ…」
と、同時に一進一退の律動を再開すれば、おなじリズムで嬌声がこぼれだす。
僕の聴覚を甘く刺激する、その声は、悪くない。
歪んだLの表情も、性器にもたらされる快感も。いや、いままでの経験のなかでいちばん気持ちがいいかもしれない。
Lの体はいい、
でも、それだけ。
理由。
さきほどの戯言に対し、僕の回答を出してみれば、Lを犯すことに意味はない、だ。
すべてのセックスに意味はない。どの女たちとも同じようにしてきたこと、気持ちよければそれでいい。
それ以上、求めたところでどうしようもない。
こんな男、Lなんて。
「はっ…、はっ…」
弾んだ息遣いが相互に響いている。
激しく脈打つ鼓動が、すぐ下の薄い胸板からも聞こえてくるようだ。
動かし続ける腰と太腿、陰部から湧き上がる愉悦だけが僕の脳をいっぱいにする。全身が熱くてたまらない。
つながったところが湿った音で鳴っている。深いところを何度もこすり押しあげていると、
寝苦しい熱帯夜の蒸すような熱が体内で飽和して、意識がぼんやりし始める。僕の息遣いが僕のなかだけで響きはじめる。
行き過ぎた快楽が毒のように僕を侵し、なにもかもが現実味を失いかける。心地よく麻痺したような、
酩酊のような、満たされた喪失の気持ちになる。
それを破るのは、いつも、Lの声。
「やが…み、…くん」
「…何?」
名を呼ばれて、我に返る。
穿つことの快楽に夢中になっていた僕の耳に、
Lの呼びかけは遠くから聞こえ、そして直後にクリアになる。
「何、痛かった?」
動きを止めて気づかうように聞いたけれど、Lはそれに応えなかった。
はぁはぁと乱れた息を整えて、そして、訊いた。
「夜神くんは…しあわせ、ですか?」
「えっ?」
思わず短く叫んでしまった。
「どうしたんだ」
Lからそんなことばが聞けるとは思ってもみなかった。
大きく開いた目を瞬かせ、腕の中に閉じ込めた男へ視線を向けて、静かにやわらかく微笑みかける。お互いに息を弾ませたまま、
断続的に締め付けてくる、そのなかでつながったまま。
「こうしてLを抱いているんだ、僕はしあわせだよ」
閨で交わす陳腐な睦言に似せて、囁いてやる。
そして微笑む。
言った直後に吹き出さなかっただけ上出来だった。こうなると冗談としてよくできた答えであれば、
真実味があるかどうかなんて関係ない。
「……」
沈黙し、しばらくしてLは、そうですか、と吐息をおとした。
睫毛が一度伏せられて、ふたたび持ち上がる。潤んだ黒目が僕をとらえる。
「私もそうです」
真面目な声で呟いた。僕は驚いて目を瞠った。
Lの声はやけに鮮明に、耳に響いた。
「私も、夜神くんとこうしていることが幸せです。だから同じくらい、夜神くんが幸せであれば、嬉しいと思う。
…これがさきほどの質問の答えです」
「………」
「信じないかもしれないけれど」
「………」
「私は夜神くんがしあわせになることを願っています」
「………」
告げられた言葉に、なぜかあたまが真っ白になった。
返すことばが見つからなかった。
僕もそう思っているよ、などとは、もう口が裂けてもいえなかった。
だって僕はそのとき、イメージできてしまったのだ。躍起になって否定しようとしてもつながった部分から湧き上がりあふれ出す憧憬、
それは、
Lの言うしあわせは、
── 僕のなかにも存在する、しあわせのイメージだと。
信じないかもしれないけれど。
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