memo...
 
『楽園はないだろう』


安寧は意図的なものだった。

記憶を喪失した青年と、目標を喪失した青年と。

それでも息詰まる日々と心理戦を繰り広げていた二人には、その数ヶ月はおそらく最もこころ安らかな日々のはずだった。
徐々に倦んで崩れていく予感があったにせよ。

強く抱きしめる腕のなか。
胸の中に沸きあがる衝動は恐らく恋と呼ばれるもの。
しかし判明したところでその道の先に楽園はない。
始めてしまった追走劇の結末に楽園はない。

喪失のもとに獲得する。

二人は一本の鎖で身をつながれた。
そうして引き合いながら境界線の両側に立つ。
冷やされ過ぎて悴んだ指に、鍵を握り締めて隠しているのは、


もう、

どちらでもない。

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『擬態』


複数の名前を持っている、というのは、その名前の数だけ人間性を擬態しているということだろう。 流河・竜崎・L、月が知っているだけで少なくとも3つの名前を使い分けている。本名が知りたい、と思っている月は、大学の大講堂のイスの月の隣に鎮座している男に、意識の視線だけを向けっている。まったくの他人というには近すぎて、親友というには離れすぎている、という微妙な距離を保ち並んで座っている、その相手がLだと言うことを知っているのは、この教室のなかでは月だけだ。だから月は、長袖Tシャツと褪せたビンテージ・ジーンズ、例の、靴を脱いでイスのうえでひざを抱えている奇妙な姿勢の男を、つくづくおかしな男だと思いながら、機械的に講義内容をノートに書き記す。説明し忘れたが、一般教科心理学の受講中なのだ。しかしまったく頭に入らない。ただ優等生の素振りを見せている、月の、これも擬態。


無害な大学生を装う名でなく、日本警察を操る名でなく、本名が知りたい。本名を知らなければノートに名前を書いても意味がない。── と思い込まされているから「偽名」と判断しているだけなので、案外「エル」というのは本名なのではないかと思うこともある。今度デスノートに書いてみようか。そうしたら案外コロッと死ぬかもしれない。そんなテストをもっとはやく試していればよかった、と後悔するのはもう遅く、LがLとして名乗り出た以上、殺すことは最早できなくなってしまった。

擬態が本質と同化する。
それは生物的なものではなく、情報と呼ばれるものによる錯誤だ。
(そうするとキラと呼ばれる僕はいったい誰だろういったい誰になるのだろうわからないわからない)


いつしか本質は擬態と同化する。

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『ロミオ&ジュリエット』


「L」
「はい」
「どうしておまえはLなんだ?」


「夜神くん」
「ん?」
「どうしてあなたはキラなんですか?」



((もしもお前が))


(キラでなければ…)
(Lでなければ…)


ただ…。

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『一年のおわりとはじまりに』


一年が経った。

僕にとって一年と計算するはじまりはLの死だ。

それは僕がLの名を奪い、Lの皮を被りキラの活動をはじめた日から数え始めたもので、ちょうどLが死んでから一年が経ったということだ。

Lとして生きた一年に、僕はLに依頼された仕事をこなし続けた。
そしてそのすべてを完遂させた。

僕は必然としてLの称賛を浴びた。
しかし輝かしいはずの称賛は、月のひかりのように冷やかだった。なぜなら僕はLではないからだ。Lへの称賛は、そこに伴うLの名は、偽りの僕の皮膚のうえをただ滑り落ちるように、積もることなく降りそそいだ。

Lへの称賛は僕の血肉にはならない。神たる僕の意志だけがいつも僕の血肉になりえる。 やさしい人たちだけの世界をつくるために、そのために生きる、キラの意志だけが、僕を救う。

僕はキラであり、Lではない。
しかしLへの称賛は、そこに伴うLの名は、僕の髪に、僕の肩に、僕の腕に絶えず降りそそぐ。
死んだ日の光のように。
静謐に。
芯からこごえる季節のはじまりに。なんども繰り返し降りそそぐ。





忘れさせまいとするように。



…そんな一年がおわり、また、はじまる。

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