ik alcohol



さけ


 広げたまま許す限りの奥まで指を押しこんでぐるりと中を掻きまわすと、空気を孕んだ内側から酒がこぼれ、ぐちゅぐちゅと指のうごきに従って泡立つような音をたてた。 熟れた果実よりもしっとりと濡れている、僕のゆびにからみついてくる肉壁を抉るように二本の指をなかで上下させる。指が奥のほうに入るたび崎は引き攣った嬌声をこぼした。
「っ、ライ、ト、く……っ」
「うん。でも待って。ちょっと離れて?」
 痩躯の耳元で低くささやくと、とたんにぴくんと肩をすくめる。悦楽でいっぱいに満たされた身体はわずかな刺激も増幅して数倍の快楽に置き換えて感じ取る。
「ほら、はやく」
 と、急かしながらもう一度深く中を抉ると、みじかい悲鳴を上げた竜崎は涙の浮かんだ目で僕を睨んだ。くちびるを噛み締め惑乱を打ち払うようにかぶりを振る。しゃくり上げるように胸を喘がせ、のろのろと身を起こす。
「何、ですか」
「いいからしっかりしてろよ」
 笑いながら警告する。潤んだ黒目のなかで怪訝な色が揺れうごく。酔いに呑まれた知性は鈍く、いまは理解に数秒掛かりそうだった。だから待たずして埋めていた指を引き抜き、竜崎の浴衣の衿元にそのままそっと手をさしこんだ。なめらかな白い肌にじかに触れて手のひらを下へとすべらせ胸元を寛げる。
 酔いがきて根幹が崩れだしている竜崎のからだが手に押されてぐらっと揺れ、後ろに倒れかけそうになったのでとっさに僕の両肩にしがみついてくる。それでいいよと目配せして、僕は、人さし指の爪で淡い色の突端をそっと擦った。
「あっ……っ」
 ぴくりとふるえる。こすった直後にゆびの腹でもみこむようにやわらかい先端を弄る。やわい乳首は見る間にかたくしこり尖り始める。敏感すぎる反応に含み笑いをこぼしつつ、衿元を乱雑に暴いてもう片手も懐深く差し込んで、中指と人さし指で捻ってやれば、苦しそうな顔をしてゆるく首を振る竜崎の、一夜に咲き散る桜花のような纏う色香は増加した。
「あっ、ん…っ…ん」
 両方を同時に押し潰すように愛撫する。竜崎の内股の筋肉がぴくぴくと痙攣しはじめる。
 その奥の、中途半端にいじったまま、指を抜いてしまったその内側がどうなっているかなんて、脚を開かせなくても容易に想像できた。欲しがって欲しがって泣き喚く子供よりも貪欲に。ぬるぬるとした熱いなかは、硬い性器をくわえこみたがって疼いている。
 吸いつくような淫猥な肉につつまれ、熟れた粘膜同士を擦り合わせる快感を想起すると、興奮が血のなかをどっと逆流するようだ。腰の部分が固くなる。滾りを抑えてふうっと息を吐き、ふと視線を落としてみれば、くしゃくしゃに乱れた浴衣の裾前の一部分が勃ちあがった性器の先走りで濡れて色を変えていた。
 嗤い、立った乳首をきゅっとつまむ。「ひっ」と甘い悲鳴があがった。
「月くん…」
「はしたないよ、竜崎」
 歪んだ眉のした、潤んだ目が僕をにらむ。
「だって浴衣、汚しちゃってるじゃないか。そこ」
 言われて目線を下にする。濡れた浴衣を見て顔色を変るはずもなく、うつむき加減のそのままに上目遣いで僕を見る。
「そんな意地悪、言わないでください」
「はは」
「ひどいですよ」
 普段であれば忌々しいほどに理屈固めの減らず口が今日はまるで媚びるように弱々しい。婀娜なしぐさを演じているのかと感じはしたが、それも場を形成する小道具のひとつであればこちらからも乗じてやればいいだけだ。 僕は優雅な微笑を浮かべて片手を胸元から外し、浴衣の帯にゆびをかけた。
「濡れないようにすればよかったんだ、最初から。ね」
 貝の口にむすばれた帯び目を解き、はらりと落とした細帯は太ももに引っ掛かって楕円を描いた。はだけた浴衣を左右に広げれば、すっかりと勃ちあがり、先端から体液をにじませている性器があらわになる。体温に馴染んだぬくい布地を奪われて、竜崎はわずかに鳥肌を立たせた。
「……すごいね」
 感嘆するようにつぶやいて手を伸ばし、先走りに濡れた性器を握りしめる。ぬるりとした感触を手のひらにとじこめてゆっくりと上下にこすりあげる。溢れ出した体液はだらだらとしまりなく、僕のズボンも浴衣みたいに汚れてしまうだろうと思ってぞくりとした。ふしだらと嫌悪の表裏一体の愉悦だ。
 充血した熱のかたまりを手のなかで幾度かうごかすと、ぶるりと大きく震えた竜崎が、ふいにほそい指をのばしてきて僕の手首を掴んだ。
「なに?」
 他意無く聞けば、竜崎は黙ったまま物いいたげな目つきで僕を見た。思わず笑ってしまうほど濡れた目で。
「何? どうしたの?」
 だから今度は意識的にやさしい声音でたずねた。
 あまりにも分かりきっていることを。ただそれを竜崎の声で聞きたいがために。笑いながらじっと見つめていると、ややあって竜崎はあきらめたような表情を浮かべた。
「月くんはやっぱり無粋です」
 口許をすぼめてふくれっつらの仕草をする。そうして「はやく…」と呟いて、ひとつ分の吐息のあとに発作的に言ってしまったような口早の声は、語尾がかすれて消えた。
 お願いしますもう我慢できませんライトくん。はやく……入れてください。
「……」
 鼓膜を震わす擦れた声に全身の神経が酔い痴れる。
 なんて淫逸な狂った声だと、くらりとする意識の表層で思う。



 座椅子の背に身を預け、腰骨を少し前へと押し出した。膝立ちで腰を浮かしている竜崎をみつめる。座するには不安定な太腿のうえに跨りやすいように。僕の両肩に手を置いてバランスを取ろうと苦慮するけれど、ともすれば容易に崩れてしまいそうな酔人の細腰を僕は浴衣のうえから片手で支えてやる。もう一方の手はジッパーを下げて痛いくらいに張り詰めた陰茎を引きずり出し、根元から先端へとうごかす。
 滲んだ体液を塗りひろげていると、背をまるめて肩で息をしていた竜崎が、ふいに深く身を屈めてコツンとひたいを僕の頭部にのせてきた。みだれた浴衣を申し訳程度に羽織った白い腹が迫ってきて、思わず心臓がどきりと鳴る。
「……月くん、もういいですか?」
 茶色の髪のなかへひそめた息を吹き込むような熱っぽい囁きに、一瞬声が詰まった。
「おまえはなにもう駄目なのか?」
 高まる心音を感じながらわずかなタイムラグの後に返した声は、劣情を揶揄するセリフを裏切って奇妙にかすれた。
「……竜崎が我慢できないなら、していいよ」
「はい」
 微かに笑われた気がした。
 気のせいだと舌打ちして、根元に指を添えてしっかりと立たせたところへ竜崎の腰を引き寄せる。
「ゆっくり入れられる?」
 こくんと黒髪が揺れる。
 ふるえる太腿の筋肉を張らせて、昂ぶった陰茎の上へゆっくりと腰を沈めていく。見えない位置を覗き込むように背を丸め、尻の奥のすぼまったところに完全な勃起状態のそれを宛がう。受け入れようと腰を揺すり、しかし下手をうって濡れた亀頭がぬるりと滑ると、竜崎は焦れた表情を浮かべて鼻をすすった。
「大丈夫だから、ゆっくり」
 あやすように腰骨を撫でる。もうとりつくろう余裕もない。告げた声は呆れるくらい情欲に擦れていた。
 促された竜崎が、もういちどゆっくりと腰をおとしていく。
「あっ……、はぁ……」
 今度こそ屹立は正しい角度で細いからだの中に押し入っていった。足に力を込めてコントロールしつつ、じりじりと深度を嵩ませる。張り出したかさの部分が指のとどかないところ深いところを強引に押し開いていく。酒の入った内側は、酔いにまみれてねっとりと熱い。
 竜崎はこれ以上入ることのできない奥深いところまで受け入れて快楽に薄い唇をわななかせ、感じ入った吐息を溢れさせる。白い喉が仰け反って、火照った薄紅の皮膚のうえを酒の甘い匂いが這った。
 完全に入った状態のそのままで浅い息をくりかえす。呼吸に合わせて肉はヒクヒクと蠢く。
「……平気?」
 問えば、ぼんやりと焦点の狂った半眼をこちらに向けてくる。眉間にしわを寄せた悩ましげな表情を、僕はとても好ましいと思った。
「ん、じゃあ自分で動いて」
 是とも否とも聞くまえに、ゆるく口許を笑みのかたちに歪めながらそう言えば、皺が深くなる。疎ましげな表情はこんなのとき欲情を掻き立てるひとつの作用にしかならない。
 竜崎は一呼吸分の間を空けてから、ゆっくりと前後上下にゆるく腰を動かしはじめた。
「あっ、あっ、んあっ、あっ」
 硬いもので内壁をこすられ、奥を突かれるたびに嬌声をあげる。ぎゅっと締まる後孔から性器が引きずり出されるたびに、薄い粘膜同士が引き攣れてしびれるような愉悦をもたらす。
 自然と昂ぶってくる息づかい。くちびるを薄く開いてかわいた唇を舌先で舐めた。からからに乾ききってすぐに水を失う。べたべたと精液に濡れているのは、腰のうごきにあわせて揺れている竜崎の陰茎だ。手を伸ばし、えらの張った部分に指を添えて先端の割れ目をそっとなぞった。うっと短く声をあげて、動きが止まる。
「止めるな」
 短い命令に恨めしそうな目線がきて、竜崎はやめてくださいと訴えるように黒髪を振った。しかしかまわず指先の刺激を加えつづけた。
 先にイかせたかったのだ。
 本当は、このまま膝下に腕をさしこんで押し倒し、脚をおおきく広げさせて思うさまに腰を突き上げてやりたかった。けれど背後の邪魔な座卓を押しのけるには重すぎて、そして竜崎のじれったいような動きもまた新鮮な心持ちで僕をここに縫いとめて放そうとしない。
「ん…あっ、……あ」
 ふたたび腰が動きだす。僕は意識を一箇所に集中させる。竜崎は中心の屹立からたらたらと水晶のような液体を溢れさせ、下肢の奥ではやわやわと僕のものにまとわりついて貪婪に喰らいこむ。つながった部分はぐちゅぐちゅと淫らな水音を立てた。
「月、く」
「ん?」
 呼ばれて甘ったるい声音で訊きかえす。竜崎はあどけない笑みを浮かべて呟いた。
「……すごく、気持ちいいですね」
 つぶやいて意識的に腰の奥に力を込める。ぎゅっと締め付けて自身もその行為で快感を拾う。ぴくんと顎を仰け反らせる。
「あ……」
 ふいにあえかな吐息が零れて、僕の肩を掴んだ指に強いちからが篭もった。同時に後孔も締まる。手のなかの竜崎の性器がふるえて精液があふれる。射精の瞬間につめて息を破裂するように吐き出し、竜崎は僕の右肩にぐたりと寄りかかってきた。弾む息遣いが耳元で鳴る。その背中へ腕をまわして細い腰を引き寄せる。
「……っ」
 引き摺られるように中で吐精する。わずかに身じろぎをしたが竜崎は何も言わなかった。ビクビクと震えて最後まで吐き出し、僕は深く息を吐いた。
 抱き合ったまましばらくそうしていると、
「月くん」
 おだやかな口調で竜崎がつぶやいた。
「人が、子供でいられる時間は短いものです」
「……何?」
 唐突なことばに僕はゆっくりと目を眇める。
「私はときどき、幼い子どもの許されざる罪について考えたりもします」
「なにが言いたいんだ、竜崎」
「そうですね。酔言です」
「………」
「酔っ払いのたわごとですよ。ですから今日は気にしないでください」
 そう呟いて黙り込む。僕はくちびるの端で苦笑した。でもいつか思い出してください。忘れないように。声にならない呟きが刹那に重なった心に入ってくる。こいつは無駄を承知で僕になにを迫っているのだろう、なにを期待しているのだろうと嗤い、僕は遠ざかる。
 酒酔いの本性を忘れず。まったく油断もすきもないやつだった。互いに泥酔するには強すぎる解毒剤が、僕たちの身のうちに湧き出ているというのに。そしてその解毒剤は信念という単語に置き換えることができるというのに。
(ああ、そう云えば今日は)
 目の前のしろい首すじにふと思い出す。
 今日は五月の連休も最終日。
 最後の休日。
(こどもの日だな)
 未成年と揶揄された数時間前を思い出して眉をしかめた。
「……」 
 目の前の汗ばんだ首筋をぬるりと舐める。
 仰のけて心地よさげに喉仏を揺らした男の充血した唇が、思い出したように「キラ」と呟く。
 しかし「それ」は聞かなかったことにしておこう。僕は新世界の神になる。どんな障害が立ちはだかろうとも、必ず僕は成し遂げてみせる。しかしたまには息抜きも必要だ。この閉ざされた和室のなか、いまぐらいはこの甘ったるい酒に酔い痴れて何もかも忘れてしまいたい。そう願ってしまうから聞こえなかったことにしておいて。
 そして、そのあと僕は── ……、



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