少々暴力。鬼畜月L小話のため苦手な方は回避要
【薬】
いまのおまえを見てもだれも世界の名探偵だなんて思わないだろう。
衣服を剥ぎとられ真っ裸にされて、床のうえに這いつくばって身悶えている。
すごくいいザマだよね。
「おまえの精神力には恐れ入るよ。まだ正気なんだ?」
「…や…が」
「もっと量を増やした方が、いい?」
細い首にぴったりと張りつく黒革のチョーカーから、銀の鎖がのびて、床に打ち付けられている。
おなじように、後ろ手に廻された青白い手首も戒められ、自由になるのは足ばかりだ。
けれど彼には立ち上がるだけの力がない。
筋肉繊維の弱化、骨の粉砕、弛緩剤の投与。そうではなく、足裏を地にあてて膝を固めて大腿部に力をこめて立ち上がるという動作そのものについて、その指令を発すべき脳が、度重なる薬物投与によって最早使い物にならなくなっているからだ。
世界一と謳われた探偵の脳を侵食するドラッグが悪夢と幻覚を生み出しているのだろう。
懸命に立ち上がろうと四肢を張らせる竜崎の表情が、ときおり恐怖にゆがむ。腹部をはげしく痙攣させて、抑えきれない嘔吐感にえずく。
すらりと長い足を組み換えて、僕はたまらない愉悦に微笑む。
こいつを飼い、観賞することは、新世界の神たる僕に与えられた特権だ。
おまえは僕だけの生贄だ。
「…ほんと。いいザマ」
銀白色の光沢ある金属クロムの鉄格子。肉食獣を飼いならすための檻。
キラ捜査の本拠地として建設されたビルの地下の特別室に、神の供犠を飼うための檻を設えた。命を賭けて本性を暴きあった相手を発見し、略奪した、その翌日のことだ。
死神が恋する人間を救うとき、そのために殺せる人間はたったひとりしかいない──。
父がひっそりと匿っていた生贄の所在をつきとめたとき、僕はその事実を知った。レムがワタリの名を先に書いたことがLにとって幸い、もしくは災いだったのだ。世界の最後の砦たるLの身をまもるために、ワタリが最後の力を振り絞って実行したのは、捜査の極秘情報を抹消するだけでなく、ワタリ…キルシュ・ワイミーが設立した企業の薬品開発部門で作成した特殊薬による、Lの一時的な生命活動の停止だった。
そうまでして守られるはずだった稀少な存在を、生前のワタリから秘かに頼まれ、保護していた父の手から奪いとった暁に。
僕は、ゆっくりとゆっくりと時間をかけてこいつの人間性を破壊してやることに決めたのだ。
もっとも見やすい位置へと椅子をずらす。
天井のダウンライトを浴びて、肉体の輪郭が仄かに陰影をきざんでいる。もともと貧相な肉体だったけれど、僕が定期的に与薬するようになってからはいっそう皮下脂肪をこけさせたようだ。ほとんど体を動かせない状態だから無論筋肉も相当落ちている。楕円形の光の残像が檻の支柱の中にキラキラと浮かぶ。さらに目を凝らせば、銀のクロムの柱という柱に、竜崎のはいつくばった青白い姿を拾い上げることができるだろう。
幾百の残像に冷徹に見守られつつ、こいつは僕に飼われている。助けはない。
さて……そろそろ時間だ。
僕は組んでいた足をほどいて、テーブルのうえにおかれた真空パックの注射器とニードルを手にした。ビっと音をたてて封を切る。
その音を耳にとらえた竜崎の眼が僕に向けられ、嫌悪にゆれた。黒い瞳はまるで鏡だ。僕の悪意を正確に映し出す。
僕の口元は、微笑にゆがむ。
手早くニードルをシリンジに装着して立ち上がる。もう一方の手で粉末の入ったビニルの小袋をつかみ、ズボンに押し込む。
檻の鍵は音声照合。僕はオートロックキーに竜崎の本名を告げる。
「…………」
──ねえ、僕がどれだけおまえの本名を知りたがっていたか、知ってる?
殺してやりたくてしかたなかった。おまえの名前を知りさえすればすべてが解決するのだと、決着がつくのだと思っていた。あの頃。
あの身を焦がすような殺意は、いっそ恋の情熱に似ていた。錯覚するほどだった。愛していると。でも、今ならわかるんだ。この凶悪な殺意が恋であるはずがない。壊すことでしか充足できない。
僕の熱狂は唯一、おまえの魂を握りつぶすことの期待感から生まれている。
施錠が解除された檻に手をかけ、しずかに開き、竜崎の頭部の方に歩み寄る。薬物に侵されていてもこいつの脚力は侮れない。蹴りを食らえばそれなりのダメージを受けることは既に経験済みだ。
身を捩り、必死と動こうとする腰のあたりを靴裏で踏みつけて床に固定し、続いて首筋のすぐ下を膝頭でおさえつける。
それでもなおも足掻こうとする手足がうごめいていて、まるで腹部を押さえられたクモの様子に似ている。僕の奥底にゾクゾクと熱が生まれる。いっそこのまま巨大な針で刺し貫いて標本にしてやりたい。生きたまま。標本にするため採取された昆虫は、投げ込まれた虫篭のなかで互いに傷つけあわないように、まず毒薬の満たされたビンに入れられ即座に殺されるそうだけど、でもたった一匹しか欲しく無い僕は、瞬間的な薬殺は必要無い。ゆっくりと殺すことの快楽に浸ろう。
鳥肌を立てている、剥き出しの二の腕の皮膚をつまみあげ、皮下に針を滑り込ませてバルブを押し込む。ビクリと硬直する肉体へ素早く残らず押し込み、抜き取った注射器は床を滑らせて檻の端へ。つづけてズボンからビニルパックを取り出し、水の張った犬用の器のうえで逆さにして粉末を溶かし込む。この檻で飼われている限りは、喉が渇いたらドラッグ入りのスペシャルジュースを飲むしかない。
指先でそれをかき混ぜていると、竜崎の身体がふるえはじめた。全身の皮膚を粟立たせ、戦慄かせる。
どんなサイケな幻覚を見てるんだろう。力を失い、ガタガタとふるえる身体から足を退かし、わきの下に手を入れて引き起こす。
がっくりと項垂れたままの竜崎をそのまま背後から抱きしめて、潰れるほどに鼻をこすりつけた首筋からは、汗と精液と甘ったるいクリームの匂い。餌付けの手間は惜しんでいない。こいつのエサは今でも甘い洋菓子ばかり。
「…リュ、ウ、ザ、キ?」
首筋をじっとりと舌で舐めあげて、耳元にくちびるを寄せ、囁くと、抱きしめた身体がびくりと大きく跳ねた。囁きが竜崎の脳内で置換されて爆発音になった。どんな混乱が彼の脳内を支配しているのかは知れない。ただ図に乗った僕は、卑猥な言葉をあれこれと耳元でつぶやきつづける。そのたびに竜崎の身体が異常なほどの反応を示す。
「……っ……っ……っ」
ビクリビクリと震える若い肉体を抱きしめて、薬物が効いてくるのを体感する。
抱きしめた手のひらが青白い肌から滲み出した汗で滑り始める。意思に反して発熱しはじめている。前のあの部分も。充足感。でもまだ完全に堕ちたわけじゃない。
痩身の内で飼われてる、気高すぎるプライドが、頑なに僕をこばんでいる。そうして拒まれるほどに、僕の高揚は募ってゆく。
叩き潰す甲斐があるってものだ。黒い嗜虐心が煽られる。身体を密着させたまま、片手で後ろ髪をつかんで顎をあげさせた。
「つっ……」
薬物に熱を孕んでうるんだ黒目が、しつこく睨んでくる。僕は尚も強く髪を引きずった。喉奥でくぐもった苦鳴をもらした竜崎が、反射的に瞼を閉じる。現実から目を逸らしても何も換わらないことを誰よりも知っているはずの、おまえのすることじゃないな。そう哂いながら、首筋に甘く歯を立て、ゆっくりと床へ押し付ける。
強引に腰をあげさせ、肩口と膝だけで体躯を支えさせる。
何をされるか知っている肉体が、逃げを打つのを自重で押さえ、閉じようとする太股を左右に割り広げて固定する。無理に開かされて、腿の内側が痙攣しているのを手のひらでなぞりながら、汗のにおいのする髪のなかにキス。
「好きなくせに。逃げるなよ」
竜崎が激しくかぶりを振る。拒絶されればされるほどに昂ぶるものを、僕は手早くズボンの前をくつろげて引きずり出した。
痛いほどに張り詰めたものの先端の張り出した部分に、さきほど水に溶かしておいた薬物をたっぷりと塗りつける。
粘膜から即座に吸収され、心拍数と硬度を上げさせるドラッグの威力。ますます反り返った僕は、僕を受け入れ慣れたそこへ宛がい、
愉悦を囁く。
「ほら、とっとと壊れろ」
一気に奥まで押し込んだ。
コルク抜きみたいに廻しながら圧し込んで、髪をつかんで引き寄せながら凶悪なくらい身体を揺すってガクガクと。
それでも懸命に喉を押し殺す、竜崎の強情さが堪らないほど愛おしい。
そのうち壊れて、狂ったように喘ぎ叫びながら快楽を訴える常套なのに。
時間の問題なんだから早く爛れ堕ちてこい。そうしてラクになれよ。おまえが機械みたいに緻密なつくりであったとしても、おまえも所詮、快楽のまえに屈服する下種な人間のひとりなんだ。
人の欲望にまみれた犯罪を、澄ましたかおで捜査しているおまえよりも、情欲にまみれた淫蕩深いおまえのほうが人間らしくて僕は好きだよ。
痙攣して熱く締め付けてくる内部を乱暴に突き上げながら、僕は病的な笑声を口から零す。
…そうだね。そんなおまえだったら愛してあげられるかもしれないね。
だからおまえをヤクづけにしてあげる。たった三回の摂取でおまえの脳の三パーセントは失われる。だとしたらこれまでの十数回の投与でおまえの脳はどうなった。鋭敏な電気反応・推理力・洞察力を誇るシナプスは死に絶える。ゆっくりとゆっくりと脳を溶かして骨を溶かしてどろどろになるまでヤクを血管に流し込んで、世界一の探偵と謳われるおまえが僕の手のうちで人としての正常さをなくしてゆく様を見届けてあげる。
そして完全に壊した暁には、愛していると囁いてあげる。
きっと心から、そう囁いてあげられる。
あいしてる。
「キ、ラ…」
胃液のにおいがする涎を垂らした唇が、ふいに、うわごとのように呟く。
床で右頬をこすりながら揺さぶられていた男。
名を呼ばれて、視線をからませた。
僕を視る、細い闇色の目の底にわずかな憐憫。
…ああ、本当におまえは
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