【COSTUME PLAY】
甘やかされるままに甘い菓子ばかりを口にする。竜崎からはいつも甘い匂いがする。
「……竜崎」
擦れた低い声で囁いて、腕を掴み、強く引き寄せる。背中から両腕で包み込み、抱きしめる。鼻先を押し付けて顔を埋める。
肌に触れるシャツの優しい素材からは、チョコレートのような或いはソフトクリームのような甘いにおいがする。寝食を忘れて捜査に没頭している、なのに常に清潔な長袖のTシャツを着る。誰かが管理しなくてはならないほど衣食住に不得手な男、その彼は、いつもたしかに清潔で正しい愛情で包まれている。
目を閉じて深呼吸すると、服に染み付いた竜崎の匂いが鼻腔をつうじて僕の肺をいっぱい満たしてくる。その匂いは僕の胸を喉から蜂蜜を流し込んだように熱くさせる。この衣服に染み付いた何にも代え難い甘い匂い。変え難いけれど今はこれだけ。そう思うとじわりと下腹部のあたりに熱が生まれる。
前から分かっていた。ずっと以前からこんなにも簡単に、僕は竜崎に欲情する。
「……りゅうざき」
黒髪の中に舌先を差しこんで隠れた白い耳を探り当てる。彼の耳は小さな貝のようだ。ゆるいカーブを描く耳殻に舌先をそろり這わせると、腕のなかで、彼はいじらしい仕草で肩を竦めた。
可愛いね。りゅうざき。だから、
「……いい?」
熱っぽく囁く。その意味は明白だ。華奢な肩が途端に困ったように小さくなって僕はおもわず小さな笑みをうかべる。鼻先をこすり付けるように押し込んで、髪の中の地肌にもキス。抱きしめていた手を下ろして、デニムの臀部に触れる。竜崎はいつも不自然なくらい布地が余るサイズのデニムを穿く。デニムの上から尻を握りしめてみれば、手の形に皺が寄るほどだ。その小さな尻を柔らかく撫でながら、僕はもう一度耳元で囁きかける。
「竜崎。したいよ」
声は低くかすれて懇願と言ってもいいほどの声音になった。
すごく欲しかった。だから、
「いいだろ?」
問いかければ、うつむいていた黒い髪がややしてゆっくり左右に揺れた。
僕は目を細める。
「…嘘を付くな」
呟きには偽りの嫌悪を混じらせる。
耳殻にやわらかく歯を立てる。途端にぴくんと反応する肩口に、僕は甘えるように右頬を乗せ、細い体躯に腕を回して駄々子のように身体全体を揺さぶりながら、ぎゅっと強く抱きしめる。
いたずらに僕を傷つけるおまえには、こんな抱きしめ方で返してやる。まるで愛しむ者同士、まるで僕たちが恋人同士だとでも云うようにね。
そしてそれが例え話ではなく真実になれば良いと祈るように。
「りゅうざき」
細い首筋に舌を伸ばす。
しろい首筋のなめらかな肌にゆっくりと舌先で触れてみれば、柔いうぶ毛が僕の舌先をからかい、竜崎の肌の味で舌がしびれた。
掌を前の部分に移動させ、デニムのうえから指先で押さえるように、竜崎の形を感じ取る。わずかに熱をもち始めているそこへ、慣れた手つきで慰撫をくわえてやれば、呼吸のテンポは徐々に速くなる。与えられる刺激によって卑猥さを増し、熱を帯び、布地の上からでもなにが起きているか判別できるほど昂ぶりはじめる。それはもう決まりきったことなのだ。
だからこうなってしまえばもう僕は、確信を持って勝ち誇ったように、悠揚と崩れおちそうになっている華奢な身体にむかって訊ねればいいだけだ。
「…もう一度、聞くよ?」
しかし聞く前から分かりきった質問に対して細い首が振られる。
竜崎。
りゅうざき。
稀有な存在の身を守るために造られた、本当のおまえを隠すために刻まれた名前。おまえの偽装。L。
耳元で本当の名前をそっと呼ぶ。前の部分を手のひらで包み込む。指を使って布地ごと愛撫すると細い首が左右に揺れる。一途に首を振る。歯牙に掛けるほどのことでもない。
僕は落ち着き払ったしぐさで両手を移動させ、デニムを腰元から落ちないようにとどめているベルトの止め具を外す。
ジッパーを引き下げて下着のなかに手を入れる。もうとっくに先端はぬめっている。だから太腿の辺りまで下着ごと引き摺り下ろし、膨らんだ性器に手を添える。にじんだ体液を親指で塗りひろげながら、感じやすい先端とその周囲ばかりを集中的にいじってやる。
竜崎は薄い胸をふっと膨らませ、刺激に耐えるように長く細い息を吐いた。
痩せた背中に身を寄せて、片手をシャツの裾から腹へと這わせる。脂肪の薄い胸部の硬さを確かめる。尖った部分を指で挟むと、体の反応ばかりが素直すぎて自分ではどうすればいいのか分からないみたいに、身を固くする、そんな竜崎はとても可愛い。僕の衣服の中でも僕の熱が溢れ出す。
僕は、自分のズボンの前をくつろげて、固くなった陰茎をひきずりだし、白い尻のあいだに押し付ける。そしてぐっと中まで押し込んだ。
奥まで突き上げられて揺れる細い腰は、僕を呑み込み慣れて柔らかい。過敏な反応を返すところ、前立腺の辺りを狙って後ろから執拗にこすりあげてやれば、身体はすぐに快楽を拾いはじめる。
気持ちいい?
なのに囁いても黒髪はただ項垂れているだけ。
白い首筋を僕の眼前にさらしているだけだ。
奥まで突き上げられた細い腰がひくりと震える。
突き上げられるままに黒髪が揺れ、同じリズムで震えている。熱くて狭い内側は吸い付くように僕を優しく包み込む。引き剥がすように、僕は何度も突き上げる。浅い息づかいを繰り返す。興奮に汗を滲ませる。汗の滲み始めた僕の肌に、部屋の空気はひんやりと冷たい。
気持ちいい?
囁く。
黒髪はただ項垂れている。
…りゅう ざき。
僕はその名前を呼ぶ。繰り返し、繰り返し、深呼吸するように、名前を吐き、匂いを吸う。
りゅうざき。
りゅう、ざき。
り ゅ う ざ …き
「………」
しかしこたえはない。
竜崎はふりかえらない。
突き上げられるままに揺さぶられている。僕は、熱くてとろけるような快楽に、はぁはぁと浅い息づかいをくりかえす。きもちいい。そう呟いてみる。
「んっ」
みじかく呻いた。
その瞬間、掌にべとりと濡れた感触がして我に返った。視線を落とし五指を広げれば、僕の放った体液が指の間から手の甲を伝い落ち、指の間から手の甲をつたって床にぽたんと滴った。
「…はぁ、はぁ、はぁ」
外気に曝され徐々に熱は奪われる。乱れた息を吐き出しながら自分の手を汚している精液をじっと見つめ、僕は眉をひそめる。
竜崎の服に汚れをなすりつけた。
そして背中をきつく握る。
爪を立てる。
しかし彼は怒らない。何も言わない。
僕を振り返ることもない。
だってここにあるのは、彼の服だけだから。
かつてキラ捜査の拠点となったビルは、いまや主を失いからっぽだ。明日には、ビル内のコンピュータ什器の引き上げも完了する。撤退は終わるだろう。やがてビルの解体が始まる。新世界の創世に臨む僕は、崩れ行くビルを歓喜と空しさの入り混じった眼差しで見つめるだろう。用途を失ったガラクタは破棄されるべきなのだ。
最後の確認のためにビルを一巡し、クローゼットを開いたら、そこにLの衣服が掛けられていた。
僕はその衣服に染み付いたLのにおいを嗅ぎながら一心にこすった。
お別れに。
「……りゅうざき」
気持ちいい?
これが最後の抜殻自慰。
|