- 相思華 -





 葉は花を想い、

  花は葉を想う――




    相思華




夏も終わりを告げて久しい、涼しげな風の吹く9月の終わり。
風光名媚な避暑地にたたずむ小じんまりとした別荘に私達はいた。
秋の気配を宿した陽光が、私の隣に眠る栗色の髪に縁取られた、眉目秀麗な男のやすらかな寝顔に降り注ぐ。
窓のひさしで鳴きかわす小鳥のさえずり。
外にはまるで風景画のような景色が広がり。ささやかな雑木に囲まれ、すぐ近くには清浄な細い小川が流れている。
そこには、気持ちのいい朝の空気が満ちていた。
まさか、警備もなしにここにLが滞在しているとはよもや誰も想像すらしないだろう…。


監禁を期にまるで別人のような変貌を遂げた夜神月。
捜査意欲を失った私に、気分転換を勧めたのは彼の父、夜神総一郎だった。
監禁生活の長い息子の精神的疲労を心配しての親心、最近、喧嘩の絶えない私たち二人が歩み寄ればとの気遣いもあったのかもしれない。
そして、夜神総一郎が知人から一日だけと借り受けたのがこの小さな別荘だった。
あの厳格な父親が、私と息子がすでにただならぬ関係にあると知ったら、どんな顔をするだろうか。



朝陽の温かな恩恵を受け、長い睫毛の陰が落ちた彼の目元に接吻すると、ベッドを抜け出し使用された形跡のないツインベッドの片方から、シーツを取って裸の身体に巻き付け窓辺に近づく。
青々と緑満ちる庭。その片隅に私の目は吸い寄せられる。

手入れのゆき届いた風趣な庭の片隅に、燃え盛る焔を思わせる唐紅の花の一群が咲き誇っていた。



死人花、地獄花、幽霊花…それは400あまりもの異なる名を持つ曼珠沙華。
本来、曼珠沙華は天上の花と呼ばれ不吉な花ではない。
その球根には毒があり、ネズミなどが避けて通ると言われていることから、庭の植物に害をなす小動物の侵入を抑えるため、主によって植えられたのだろうか。庭の生け垣の手前に、ひょろりと長い緑色の茎の先に目にも鮮やかで、情熱的なまでに赤い、放射状の花を咲かせている。


葉みず花みず秋野に
ぽつんと咲いた曼珠沙華
唐紅に燃えながら
葉の見えぬこそ寂しけれ


群生した曼珠沙華を見ながら、私は孤高の文人の句に思いを馳せる。

…と、不意に後ろから腕が延びてきて腰を抱き締められ、あやうく前で合わせたシーツを取り落としそうになり、胸の上で強く合わせを握り込んだ。

「……夜神くん?」

「おはよう、竜崎」

少しだけ振り向くと同じタイミングで、ナイトローブを羽織った彼が私のうなじに顔を埋める。
彼の唇は温かな吐息のくすぐったさに強ばる首筋をたどり、私のこめかみの辺りに落ちた。

「…どうしたの?浮かない顔をしていた」

「いいえ、別にそんなことはありません。ただ、あの花があまりに見事なので」

「――あれは、彼岸花?」

私が視線で差し示す先へ、釣られるように向く横顔を包んだ穏やかな陽射しは、彼の眸に夢見がちな色を与えていた。

「ええ。葉は花を想い、花は葉を想う。…彼岸花、曼珠沙華、ある国では相思華とも呼ばれています」

「葉は花を想い、花は葉を想うなんて、なんだかロマンチックだね…」

彼は私の顎先を長く綺麗な五指でとらえると、そちらを向かせ唇を合わせ朝にしては濃厚すぎる口づけを寄越した。


優しく真摯な眼をする今の夜神月、獲物を捕らえる肉食獣の鋭い眼をしたかつての夜神月。
私を惹き付けて放さない琥珀の眸はどちらもお前のもの。

キラは自分ではないと言い張り、容疑を晴らしてこれからの人生を共に歩もうとお前は言った。

しかし、キラはお前以外に考えられない、夜神月でなくてはならないのだ。


理想世界を映し、今はあるはずのない私との未来を夢見る、琥珀色の眸。

お前の創ろうとする未来は純白の虚飾に満ちた世界であることを私は知っている。
そして、私たちに未来などないことも。



互いの想いは決して種を結ぶこともなく、永遠にすれ違い続ける。


どんなに葉が花を想うとも、どんなに花が葉を想おうとも。葉のある時に花はなく、花の咲く頃には葉がない。



葉見ズ、花見ズ、曼珠沙華。



あの花は、なんと私達に似ているのだろう。
















-END-


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※こっそりと…

11月末までL追悼フリー文になります。(まずいらっしゃらないと思いますが/汗)こんなのでもお気に召された方がいらっしゃいましたらご自由にお持ち帰り下さいませ。





管理人 伽羅(ASCEND)